第47話 もう一つの招待客
数日後、ヴィクトリア様から二度目の便りが届いた。
前回の茶会のお礼と、次の小さな集まりへの招待だった。
今度は王宮に近い貴族会館で、若い貴族たちの交流を兼ねるという。
「貴族会館……」
私は招待状を見つめた。温室と違って、知らない人が大勢いるかもしれない。
「逃げないでね」とミレイユ。
「逃げないよ。ただ、剣を持って行けないのが心細いだけ」
「それは会場の人が聞いたら心細くなる台詞よ」
ミレイユが額を押さえた。フィオナは招待状の紙質を指で確かめている。
「貴族会館なら、出席者の名簿と席次が重要ね。商会の宴席でも、誰をどこへ案内するかで関係が変わるもの」
「剣術の試合みたいに、最初から相手が分かっていればいいのに」
「エレナ、それはもう少し社交を勉強したほうがいいという意味よ」
ノエルが小さく笑い、セレスティーヌも口元を緩めた。笑ってくれるだけで、私は少し安心した。
「それを言うから心配なのよ」
会館の広間は高い天井と磨かれた床が印象的だった。
楽団の音色が遠くから流れ、給仕たちが銀盆を手に歩いている。
セレスティーヌは淡い灰青のドレスで、落ち着いて見えた。
けれど私は、彼女が袖口をそっと押さえる癖に気付いた。
「大丈夫?」
「はい。今日は、自分の言葉で挨拶をするつもりです」
そのとき、第二王子フェリクスが側近を連れて現れた。広間の空気が一瞬引き締まる。
「セレスティーヌ。来ていたのか」
「はい、殿下。ヴィクトリア様からお招きいただきました」
「余計なことを話していないだろうな」
低い声だった。近くにいた者にしか聞こえないようにしているのが、かえって嫌だった。
セレスティーヌが返事をする前に、ヴィクトリア様が近づいた。
「フェリクス殿下。私がお招きしたのです。ご挨拶が遅くなり失礼いたしました」
「義姉上になる方には、いつも敵わないな」
王子は笑ったが、目は笑っていなかった。
彼が去ったあと、私はようやく息を吐いた。ヴィクトリア様はセレスティーヌにだけ聞こえる声で言う。
「何かあれば、私に知らせて。あなたが一人で抱える必要はないわ」
セレスティーヌは頷いたものの、表情は晴れなかった。
広間の隅では、イザベラが数人の令嬢と談笑していた。視線がこちらに向いたとき、私はまた身構えてしまう。
「エレナ」
後ろから声がした。ルシアンとアレクシスだ。二人は別の招待を受けて会館に来ていたらしい。
「ルシアン! 助かった」
「何かあった?」
「いろいろ。剣を抜けない場所って難しい」
アレクシスが肩を震わせた。
「ここで抜いたら、難しいどころじゃ済まないぞ」
ルシアンは笑わず、私の顔を見た。
「疲れているなら、少し休もう。無理に会話を続ける必要はない」
その一言に、張っていた気が緩んだ。私が頷くと、彼は人の少ない窓際へ案内してくれた。
窓の外では王都の街灯が灯り始めている。私たちはしばらく黙って庭を眺めた。
「セレスティーヌのことが心配なんだ」
「うん。僕も見ていた。けれど、彼女の代わりに全部決めることはできない」
「分かってる。でも、何もしないのも違う気がする」
「なら、話を聞く準備をしておこう」
「準備って、どうするの?」
「まず、何を望んでいるか彼女自身に尋ねる。それから、僕たちにできることと、できないことを分ける」
ルシアンは窓に映る広間の灯りを見た。
「君が大事に思っているからこそ、急いでしまうのは分かる。でも、彼女の人生は彼女のものだよ」
私は返事に詰まった。剣で敵を倒せば終わる話なら、どんなに簡単だろう。
けれど、婚約も王族の立場も、私の剣先では動かせない。
「……私、彼女が『助けて』って言える場所にはなりたい」
「それなら、もうなれていると思う」
彼の声があまりに優しくて、私は窓の外を向いた。庭の噴水に映る光が、風に揺れていた。
私は彼の横顔を見た。すぐに答えを出さないところが、時々もどかしい。
けれど、その慎重さに助けられていることも知っていた。




