第46話 砕けた銀白の盾
週末の実技練習は、学院の小さな訓練庭で行われた。
ガルド先生の許可を取り、リディア先生の監督のもとで、私たちは防御魔法の基礎を確かめることになった。
「今日は強さを競う日ではありません」
訓練庭の石畳は、朝露が乾いたばかりだった。壁沿いには木製の的が並び、足元には白い線が引かれている。リディア先生はその線を指して、私たちに立ち位置を確認させた。
「防御役は、敵だけを見ていてはいけません。後ろに誰がいるか、逃げ道がどこにあるか。まずそこを確かめなさい」
セレスティーヌは線の後方に立ち、何度か深呼吸をした。私は彼女の少し後ろに下がる。
「私がいるから、安心して」
「それでは、私が守る練習になりませんね」
彼女が微笑む。私は一本取られた気分になった。
「そうだね。じゃあ今日は、私があなたを信じる練習にする」
その言葉に、彼女はほんの少し背筋を伸ばした。
リディア先生は木製の球を手に取った。
「防御とは、攻撃を受け止めることだけではない。距離を測り、危険を避け、味方に退路を残すことです」
セレスティーヌは頷き、掌の前に淡い銀白色の結晶を生み出した。掌二つ分ほどの薄い盾。陽の光を受けて、氷のようにきらめく。
「綺麗だね」
「綺麗なだけでは、困ります」
「綺麗で、役に立つよ」
彼女は少し笑った。
最初の木球は、盾の中央に当たって落ちた。二度目も防げた。けれど三度目、リディア先生が角度を変えた途端、結晶の端に細い亀裂が走る。
「止めますか?」
「もう一度、お願いします」
セレスティーヌの声には意地があった。私は止めるべきか迷ったが、先生は一瞬だけ彼女を見て頷いた。
四度目の球が当たった。
乾いた音とともに、銀白の盾が砕けた。光の粒が宙に散り、衝撃を受けたセレスティーヌの腕が後ろへ弾かれる。
「セレスティーヌ!」
私は駆け寄り、彼女の肩を支えた。球は柔らかい木製で、怪我はなかった。だが彼女の指先は震えている。
「盾が壊れたのに、腕まで痛いなんて……」
「魔法が受け止めきれなかった力は、術者へ伝わる場合があります」とリディア先生。「結晶を硬くするだけでは不十分。受け流す角度と、維持に使う魔力の配分を覚えなさい」
セレスティーヌは悔しそうに唇を噛んだ。
「私、もっと大きくできれば……」
「大きさの問題ではありません」
先生の声は厳しかったが、冷たくはなかった。
「今のあなたは、盾を守ろうとして自分の身体を守れていない。そこで続ければ、魔力を使い切って倒れます」
私は彼女の手を握った。熱い。魔力を急に使ったせいか、額にも汗が浮かんでいる。
「休もう。練習は逃げないよ」
「でも……」
「私だって、木剣を折ったら一度は手を休めるよ。祖父様に怒られるから」
「一度、だけ?」
「……二度くらい」
セレスティーヌが吹き出し、少しだけ肩の力が抜けた。
木陰のベンチで水を飲みながら、彼女は砕けた盾のことを何度も思い返していた。
「守るための魔法なのに、私が倒れてしまったら意味がありませんね」
「うん。でも今日、分かったことがあるでしょう?」
「盾の向き。魔力の使い方。それから……無理をしたくなる自分の気持ち」
彼女の答えに、私は頷いた。
帰り際、リディア先生が小さな紙片を渡してくれた。そこには次回の練習項目が三つ、整った字で書かれていた。『角度』『解除』『休息』。
セレスティーヌは紙を丁寧に畳んだ。
「次は、砕ける前に止められるようになります」
アレクシスが遅れて訓練庭に顔を出したのは、片付けの最中だった。砕けた結晶はすでに光の粒となって消えていたが、セレスティーヌの疲れた顔を見て事情を察したらしい。
「俺の《金剛》も、固めれば何でも防げるわけじゃない。衝撃は腕に残るし、魔力も食う」
「アレクシス様でも、そうなのですか」
「当然だ。だから受ける角度と、足の運びが大事なんだって何度も叱られてる」
彼は照れたように笑った。セレスティーヌは紙片を握り直す。
「では、次は角度を意識してみます」
「よかったら、木球を投げる係くらいは手伝うぞ。先生の許可が出たら、だけどな」
その控えめな申し出に、彼女は丁寧に礼を述べた。
私は二人の間に生まれた小さな信頼を、何も言わずに見守った。
その決意は静かで、今日のどんな結晶よりも強く見えた。




