プロローグ4 アレクシス 強さの意味を探す少年
今回は、西方の辺境伯家に生まれたアレクシスのお話です。
剣を手にする者として、貴族として、そして一人の少年として。
彼が考える「本当の強さ」とは、どのようなものなのでしょうか。
――アレクシス・ヴァレンシュタイン――
「もう一度!」
俺が叫ぶと、訓練場の向こうで父の側近が眉を上げた。
「アレクシス様、これで六本目です」
「まだ動ける!」
「動けることと、続けてよいことは違います」
木剣を構え直したところで、腕が重くなった。さっき使った《金剛》の余韻が残っている。盾と腕を硬く強化できるのは便利だが、衝撃まで消えるわけではない。
「じゃあ、あと一本だけ」
「その台詞は三本前にも聞きました」
訓練場に笑いが起きた。俺は頭をかき、木剣を下ろす。
西方の辺境伯家に生まれた以上、剣も魔法も使えて当然だと周囲は言う。俺自身、強くなることは好きだった。けれど、好きなことと、十分にできることは別だ。
午後の訓練では、年上の騎士が俺の盾へ一撃を打ち込んだ。《金剛》で表面は硬くなっていた。木剣は跳ね返った。なのに、肩の奥へ鈍い痛みが走った。
「っ……!」
足が半歩下がる。
「そこまで」
教官の声が響いた。
「防いだつもりだったか?」
「はい。盾は割れていません」
「盾が割れなければ、おまえも無事なのか?」
俺は答えに詰まった。肩がじんじんする。
「力があると、人はそれに頼る。だが衝撃は腕を通って体へ届く。盾の後ろにいる者まで守るなら、足の置き方も、受け流す角度も必要だ」
悔しかった。強い魔法を持っているのに、基本を疎かにしていた。
「もう一度、普通の盾で練習させてください」
教官はようやく頷いた。
夕方、屋敷の食堂で母に肩の湿布を見つかった。
「また無理をしたのね」
「ちょっとだけ」
「その『ちょっと』は信用できません」
母の言い方が、どこかルシアンの母上に似ていて笑ってしまった。
「学院に入ったら、毎日そんなことをするつもり?」
「まさか。勉強だってするさ」
「本当?」
「……たぶん」
父は向かいの席で声を立てて笑った。
「強さを誇るのは悪くない。ただし、強い者ほど引くべき時を知らねばならん」
「今日、同じことを言われたよ」
「ならば二度聞けて得をしたな」
俺はパンをちぎりながら考えた。戦場で人を守る父の背中は、子供のころから大きく見えた。俺はいつか、その背中に並びたい。
けれど父は、強さを他人より勝ることだとは言わない。
「学院で、何を学びたい?」
父に尋ねられ、俺は少し考えた。
「自分より強い奴と出会いたい。そいつに勝ちたい。それから……誰かを守るのに、どこまで力が必要なのか知りたい」
父はしばらく俺を見ていた。
「最後の答えを忘れるな」
夕食前、父に呼ばれて城壁の見張り台へ上がった。西の空は赤く、遠くの草原には交易路が細い糸のように続いている。子どものころは、あの道の先には怪物と英雄しかいないのだと思っていた。
「何が見える?」と父が尋ねる。
「隊商の灯り。向こうに村が二つ。……あとは、帰ってくる巡回兵だ」
「そうだ。あの者たちが無事に帰れるようにするのが、我々の務めだ」
父は石壁に手を置いた。大きな手には、剣を握り続けた硬い節がある。
「おまえは強くなりたがる。悪いことではない。ただし、強い者が最後にするべき仕事は、相手を倒すこととは限らん」
「わかってるつもりだ」
「なら、明日からはわかっていることを試される」
俺は黙って城壁の下を見た。訓練場で勝つと、みんな褒めてくれる。だが、以前、演習で倒れた同僚に気づかず先へ走ったとき、父は勝利を喜ばなかった。
『仲間を置いて行って、何を守ったつもりだ』
あの一言は、どんな打撃より痛かった。俺はその後、相手の動きだけでなく、隣に立つ者の呼吸も見るようにした。まだ上手くはないけれど。
「学院で、誰かに負けるかもしれないな」
「負けてこい。負けた理由を持ち帰れるなら、安い授業料だ」
父が笑ったので、俺も笑った。風が強く吹き、旗が頭上で鳴った。
その夜、ルシアンへ短い手紙を書いた。
『学院で会おう。入学したら剣術場を見に行くぞ。おまえが前に話していた幼なじみにも会ってみたい』
翌日、返事が来た。
『会うのは構わない。ただし、彼女を勝手に試すな』
俺は吹き出した。ルシアンがこういう書き方をするときは、たいてい本気だ。
「相当大事にしてるんだな」
本人の前では言わないでおこう。いや、一度くらいは言うかもしれない。
王都へ向かう馬車では、父からもらった小さな盾の飾りを鞄に入れた。表には家の紋章、裏には『力は守るために』と刻まれている。
途中の宿場で、車輪が泥にはまった荷車を見つけた。俺が降りると、御者は恐縮して頭を下げた。
「貴族の若様にお願いするわけには……」
「通れないと、こっちの馬車も困るんだ。手を貸させてくれ」
俺は車輪を押した。魔法を使えば簡単だ。けれど、近くには子供が立っている。無理に力をかければ泥が跳ね、荷台が傾くかもしれない。
「そっちの石をどけてくれ! おじさん、合図したら馬を少しだけ前へ!」
周りの人と息を合わせると、車輪は意外なほどあっさり動いた。
「助かったよ」と御者が言う。
手のひらは泥だらけになった。でも、妙に気分がよかった。
学院では、どんな奴らに会うだろう。
剣が強い奴。魔法が得意な奴。俺とは違う考え方をする奴。
きっと、勝負だけではわからないこともある。
馬車が再び走り始めると、同乗していた従者が俺の手首を気にした。
「痛むのでしょう、若様」
「少しな。さっき荷車を押したとき、変に力を入れた」
「《金剛》を使えばよかったのでは?」
「使わなくても済むと思ったんだ。……それに、使えば疲れる」
従者は頷き、布を差し出した。俺は手首を巻きながら、泥にはまった荷車の御者の顔を思い出した。助けを申し出たとき、あの人は貴族に頭を下げることばかり気にしていた。俺が欲しかったのは礼ではなく、車輪が動くことだったのに。
「学院には、いろんな家の奴が来るんだよな」
「ええ。王都の貴族も、地方の貴族も」
「じゃあ、俺の名前を聞いて構える奴もいるか」
「おそらくは」
少し面倒だと思った。けれど、それなら先に笑って話しかければいい。ルシアンには『考えなしだ』と言われそうだが、黙っているよりずっとましだ。
ふと、子どものころルシアンと木剣を交えた日を思い出す。俺が勝負に夢中になりすぎて、彼の本を泥に落としたことがあった。あいつは怒鳴らず、ただ静かに『次は本のない場所でやろう』と言った。あの静けさのほうが怖かった。
「よし。まずは謝るべきときに謝る。次に勝つ」
「順番が妙ではありませんか?」
「俺にはこれくらいでちょうどいい」
従者の笑い声と馬車の軋む音が重なった。王都はもうすぐだ。
窓の向こうに王都の城壁が見え始めた。俺は肩を回し、まだ少し残る痛みを確かめた。
この痛みを忘れないでおこう。
強さの意味を探す三年間が、もうすぐ始まる。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
明るく気さくなアレクシスですが、その胸には自分なりの信念があります。
彼の真っすぐな言葉や行動が、これから誰かの支えになるかもしれません。
次回は、おしゃれが大好きで、友人想いのミレイユのお話です。




