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辺境子爵令嬢は平穏に暮らしたい ~剣と魔法の才能を隠して、普通の学院生活を送るはずでした~  作者: EA
第一部「王立学院編」

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第40話 届いた招待状

 事故から三日後、学院の掲示板に『市場通りでの協力に感謝する』という短い知らせが出た。

 名前は載っていない。

 私たちの希望を聞き、学院側が配慮してくれたのだ。


「これなら目立たずに済むね」


 私が言うと、ミレイユは微妙な顔をした。


「名前がなくても、見ていた人はいるわよ」

「えっ」

「それに、エレナが荷車を支えたって噂が、もう剣術科まで広がってる」とアレクシス。

「そんな!」


 ルシアンは慰めるように言った。


「少なくとも、君が雷魔法を使ったなんて話にはなっていない」


 私は思わず彼を見た。彼は声を落とし、ほかの人に聞こえないように続ける。


「秘密は守れた。何より、皆が無事だった。それを大事にしよう」


 確かにそうだ。私は頷いた。


 その日の昼休み、学院では荷車の話がひそひそと交わされていた。

 誰かが私を指差した気がして、私は食堂の柱の陰へ移動した。


「目立たないって、難しいね……」

「今回は人助けをしたんだから、胸を張ればいいのに」とミレイユ。

「でも、普通の学院生活を送りたいんだよ」

「普通の生徒も、困っている人を助けるわよ」


 言われてみればそうだった。私は何となく、目立たないことと何もしないことを混同していたのかもしれない。


 フィオナは商会から届いた連絡を見せてくれた。

 事故の運搬記録は衛兵へ渡され、軸受けの不具合についても調査が進むという。


「私たちが勝手に追いかける必要はないわ。大人の仕事よ」

「うん。今度こそ、ちゃんと任せる」


 ルシアンが隣でほっと息をついた。そんなに信用がないのだろうか。……この前のことを思えば、仕方ないか。


 放課後、ガルド先生とリディア先生に呼ばれた。

 叱られるのを覚悟して執務室へ入ると、机には衛兵の報告書が置かれていた。


「人命救助は立派だ」とガルド先生。

「だが、危険な現場で勝手に判断を重ねるのは危うい。今後は必ず大人の指揮を優先しろ」

「はい」

「それから」とリディア先生。「あなたたちが役割を分担した点は、応用実技で学んだことが生きていたわ」


 褒められたのか、叱られたのか。私は背筋を伸ばしたまま、二人の言葉を胸にしまった。


 帰り道、セレスティーヌが隣へ来た。


「エレナさん。あの日、私の小さな盾を必要だと言ってくれて、ありがとう」

「本当に必要だったもの。あの破片は、私には見えていなかったから」

「私、自分の魔法を好きになれそうです」


 彼女の笑顔は、銀白色の結晶よりずっと柔らかかった。


 執務室から戻る途中、回廊の窓には夕陽が長く差し込んでいた。

 私は先生たちの言葉を何度も思い返した。褒められたことより、注意されたことのほうが耳に残る。


「先生たちは、私たちを信じてくれてるのかな」


 セレスティーヌが隣で尋ねた。


「信じてるから、危ないところを教えてくれたんじゃないかな」

「そうね。……私も、自分の魔法をもっと理解したいわ」

「次の練習、付き合うよ」

「ありがとう。でも、あなたも肩を治してからね」

「はい……」


 彼女にまで注意され、私は苦笑した。

 少し前なら、自分の希望を口にするのもためらっていたセレスティーヌが、今は私をまっすぐ見て言ってくれる。それが嬉しかった。


 寮の階段を上ると、窓の外の空は茜色から群青へ変わり始めていた。ようやく静かな夜が来る。

 私はそう思って部屋の扉を開いた。


 寮に戻ると、机の上に封蝋のある手紙が置かれていた。差出人を見た瞬間、私は息を止める。


『ヴィクトリア・ローゼンベルク』。


 王太子クラウス殿下の婚約者であり、かつて私に礼儀作法を教えてくださった公爵令嬢だ。


 封を切ると、端正な文字が並んでいた。


『学院でのご様子を伺いたく、近いうちにお茶をご一緒できれば幸いです。あなたに相談したいこともあります』


 私は手紙を三度読み返した。


「相談……?」


 ヴィクトリア様が私に? まさか剣の話だろうか。

 以前、騎士になりたかったとこっそり話してくださったことを思い出す。


 けれど、文末にはもう一行あった。


『なお、北方の件についても、少しお話ししたいことがあります』


 窓の外では、学院の鐘が夕暮れを告げていた。

 王都の小さな事件が終わったと思ったのに、平穏な日々の向こうで、また何かが動き始めている。


 私は手紙をそっと畳んだ。


「……お茶会なら、普通の学院生活の範囲だよね?」


 答えてくれる人は、誰もいなかった。


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