第34話 金剛と聖晶、二枚の盾
翌週の応用実技では、ガルド先生が訓練場に二枚の札を立てた。
『受け止める』と『逃がす』。
「防御とは、ただ硬くなることではない」
先生は木槍で地面を軽く突いた。
「衝撃はどこかへ伝わる。仲間を守るなら、受けた力が次に何を壊すかまで考えろ」
訓練場には昨夜の雨が残り、踏み固められた土が靴の下でわずかに沈んだ。
見学の生徒たちは白線の外に並び、リディア先生が魔力測定器を設置している。
今日は攻撃の強さを競うのではなく、限られた魔力で何を守れるかを測る授業だった。
「標的は布旗一枚だ。旗の後ろには人がいると思え」
ガルド先生の声が響く。
「壊さなければいい、ではないんですね」とセレスティーヌ。
「そうだ。盾の後ろに立つ者は、盾を信じて動く。守る側の勝手な判断で危険にさらすな」
私はその言葉を胸の中で繰り返した。
自分が強ければ守れると思っていたけれど、守られる人の立場で考えることは、案外難しい。
「エレナ、難しい顔だね」とルシアン。
「ちょっと考え事。私なら剣で弾けるかなって」
「それは君の答えだね。でも今日は、みんなで守る練習だよ」
その通りだ。私は木剣の柄から手を離し、二人の準備を見守った。
アレクシスが前に出た。腕に金剛の魔力がまとわりつき、薄い鉱石のような光沢が生まれる。
セレスティーヌはその少し後ろで、手のひらを合わせた。
「緊張してる?」と私。
「少し。でも、今日は逃げずに試したいの」
彼女の指先に、淡い銀白色の結晶が生まれた。
以前より形は整っているが、手のひらほどの盾を維持するだけで額に汗が浮かぶ。
最初の模擬弾は、アレクシスが受け止めた。金剛の盾は砕けなかったが、彼の足が一歩後ろへ滑る。
「重いな!」
「衝撃は消えていない」とガルド先生。「次は二人で」
セレスティーヌが結晶を斜めに置く。アレクシスが正面で受け、彼女の盾が横から力を逸らす。
二枚の防御は一瞬だけ噛み合った。
けれど三発目で結晶が細かく割れた。
「あっ……!」
セレスティーヌが膝をつきかける。私は駆け寄ろうとしたが、ノエルが先に水筒を差し出した。
「魔力を使いすぎています。少し休んで」
「ごめんなさい。私のせいで」
「謝るな」とアレクシスが言った。「俺も受け方が雑だった。君の盾に全部押しつけたんだ」
いつもの陽気さを抑えた真剣な声だった。セレスティーヌは驚いたように顔を上げる。
「でも、私は……」
「次は俺が一歩下がって、君が横へ流す。先生が言った通り、役割を分けよう」
私は二人を見ながら、盾にも剣と同じように間合いがあるのだと気づいた。
強い人が一人で立つより、互いの立つ場所を考えた方が、守れる範囲は広がる。
休憩中、セレスティーヌは割れた結晶の欠片を手のひらに載せていた。
魔力が抜けた欠片は雪のように淡くなり、やがて空気へ溶けていく。
「どうして、いつも最後まで保てないのかしら」
「一度に厚くしすぎているのかも」とノエル。「魔力の流れを均等にできれば、薄くても丈夫になると思います」
「薄い盾で大丈夫?」
「角度をつければ」とルシアンが言った。「全部受け止めなくても、進む方向を変えられる」
アレクシスは足元に線を引き、二人の立ち位置を考え始めた。
「俺がここ。セレスティーヌは半歩後ろ。盾を作る前に、どっちへ逸らすか声をかけてくれ」
「はい。……いいえ、分かりました」
「そんなにかしこまらなくていい。俺も失敗するしな」
セレスティーヌは少しだけ目を丸くしたあと、肩の力を抜いた。
その様子を見て、私は嬉しくなった。
彼女は今、王子の婚約者としてではなく、一人の生徒として話している。
何かを間違えても、叱られるのではなく、次の方法を一緒に考えてもらえる。
それだけで人は少しずつ前を向けるのかもしれない。
休憩後の最後の一発は、完全には防げなかった。
それでも模擬弾は標的の外へ逸れ、背後の布旗を傷つけなかった。
「合格とは言わん。だが、進歩だ」とガルド先生。
セレスティーヌは息を切らしながら笑った。
「次は、もう少し長く保てるようにします」
「俺も足を鍛え直す」とアレクシス。
アレクシスは片づけをしながら、さきほどのセレスティーヌの笑顔を思い出していた。
初めて盾を合わせたとき、彼女は失敗するたびに謝っていた。今は「次は」と言える。
誰かの許しを待つのではなく、自分の意思で前を向いている。
「どうした、アレクシス」とルシアンが声をかける。
「いや。あいつ、変わったなと思ってさ」
「セレスティーヌのこと?」
「ああ。……いい変わり方だ」
そう答えたあとで、アレクシスは少しだけ言葉を失った。
彼女の成長を喜ぶ理由ならいくつも挙げられる。仲間だから。
訓練がうまくいったから。
けれど、それだけでは説明しきれない温かさが胸に残っていた。
彼はその感覚に名前をつけず、道具箱の蓋を閉じた。
今はただ、互いを信頼できる仲間でありたい。その気持ちに嘘はなかった。




