第28話 三人の間合い
事故の翌日、学院では訓練場の安全点検が行われた。
私たちは授業の一部として、倒れた標識を安全に固定する方法を考えることになった。先生たちは、単に叱って終わらせるつもりはないらしい。
倒れた標識の根元には、濡れた土がこびりついていた。修繕係が持ってきた縄と木杭を見ながら、アレクシスは腕を組む。
「俺が《金剛》で支えて、その間に固定すればいいんじゃないか?」
「できるけど、ずっと支え続けるのは疲れるよね」とルシアン。
「そこまで長くはかからないだろう」
「長くかからない予定でも、何か起きたら?」
私は二人の間で標識を見上げた。大きな木板は風を受けやすく、倒れたままでは通路を塞いでしまう。私が持ち上げればすぐ済む。でも、それでは修繕の練習にならない。
「先に縄を結んで、動く範囲を決めよう。支えるのは最後の少しだけにしない?」
トビアスが土魔法で杭の位置を示し、アレクシスが頷いた。
「それなら俺も無駄に魔力を使わずに済むな」
全員の案を合わせると、思っていたより簡単な手順になった。強い力は便利だ。でも、強い力だけで済ませない方が、もっと安全なこともある。
「同じ事故を防ぐために、何が必要か」
ガルド先生の問いに、アレクシスが勢いよく手を挙げた。
「もっと重い土台です!」
「それも一案だ。ほかには?」
「風向きを見て置く場所を変える」と私。
「固定具の点検記録も必要です」とトビアス。
先生は頷いた。
「三つとも正しい。だが、どれか一つだけでは不十分だ」
実習では、私たち三人が再び組むことになった。アレクシスは盾を持ち、トビアスは土の杭を作る。私は風の流れを観察して配置を決める。
最初の試行では、盾が大きすぎて通路を塞いだ。
「これじゃ、誰かが逃げるとき困るね」
「盾を小さくするか」とアレクシス。
「小さくしたら、今度は横からの衝撃に弱い」とトビアス。
私たちは何度も配置を変えた。地味な作業だった。剣を振る方がずっと楽しい。でも、誰かを守るための準備も、剣術と同じくらい大切なのだと少しずつ分かってきた。
昼過ぎ、フィオナが見学に来た。手には商会で使う荷札の見本がある。
「風が強い倉庫では、紐の結び目を二重にするの。こっちの留め方、使えるかも」
「そんな方法があるんだ」
「運ぶものを壊したら大損害だからね」
ミレイユも加わり、目立つ色の布で危険区域を示す案を出した。ノエルは転倒した人の応急処置に必要な動線を確認する。
「みんな、いつの間に……」
私は少し驚いた。最初は三人の課題だったのに、気づけば五人の友人たちも知恵を出してくれている。
セレスティーヌは最後まで黙って図を見ていたが、やがて遠慮がちに口を開いた。
「小さな障壁を置くなら、人が通る側ではなく、標識が倒れる方向だけにするのはどうかしら」
「それ、いい!」
私は身を乗り出した。
彼女は驚いたように瞬きをする。
「聖晶で全部を守るのは無理でも、危険な一点を支えることはできるかもしれないわ」
「そうだよ。必要なところに、必要な大きさで」
ノエルも頷いた。
最後の試行では、標識は風を受けても倒れなかった。アレクシスの盾も退路を塞がず、トビアスの土杭は目立たない位置でしっかり支えている。
「合格だ」
ガルド先生が短く言った。
アレクシスは大きく息を吐いた。
「剣で勝つより、こっちの方が疲れたぞ」
「頭を使ったからね」
「エレナ、お前もだろう!」
「そうだけど!」
笑い声が訓練場に広がった。
片づけの途中、アレクシスが私の横に来た。
「お前、最近ちょっと変わったな」
「えっ、どこが?」
「前なら真っ先に飛び込んで、全部一人で終わらせてただろ」
「そんなこと……あったかも」
思い当たることが多すぎて、私は言葉を濁した。アレクシスは声を立てて笑ったが、すぐ真面目な顔になる。
「でも、俺も人のことは言えない。盾が硬いからって、無茶していいわけじゃないんだよな」
「《金剛》は衝撃を全部消すわけじゃないものね」
「そう。あれ、思ったより腕に来るんだ」
彼は肩を回してみせる。私はその仕草に、セレスティーヌが《聖晶》を維持したあと、そっと指を開閉していた姿を重ねた。
「今度、セレスティーヌにも話してみよう。盾の使い方って、似てるところがあるかもしれない」
「そうだな。……あいつ、最近よく笑うようになったよな」
何気ない一言だった。私は頷いたが、彼が少しだけ声を柔らかくしたことには気づかなかった。
私は初めて、強さを隠すことばかり考えていた自分に気づいた。
力を見せないことより、どう使うかを考える方が、ずっと大事なのかもしれない。




