第27話 強すぎる風の向こう
魔法評価の当日、空はよく晴れていた。けれど訓練場には、ときおり強い横風が吹き込んだ。
課題は、指定の的へ魔法を当て、その後に防御術式を維持するというものだった。攻撃と防御の切り替えを評価するらしい。
風は旗を横向きに張るほど強く、訓練場の砂を細く巻き上げていた。普段なら得意な風魔法も、今日は空気の流れを読み違えれば的を外す。
私は頬に当たる風の温度を確かめ、指先に集めかけた魔力をいったんほどいた。
祖母はいつも言っていた。『魔法は世界に命令するものではない。世界の状態を知ってから働きかけるものだ』。子どもの頃は、難しい言葉だと思っていた。今なら少し分かる。
風が強い日に強い風をぶつければ、制御できるとは限らない。
「エレナ、焦らないで」
見学席からルシアンの声がした。私は頷き、呼吸を一つ整えた。誰かに見られているからうまくやろうとするのではなく、目の前の課題を安全に終わらせる。それだけに集中しよう。
隣の列では、魔法を放つ直前の生徒が風に目を細めていた。私は彼女の足元の砂が流れる方向を見て、思わず声をかけそうになる。けれど試験中だ。
私は口を閉じ、代わりに自分の立ち位置を少し変えた。
「風の影響も計算に入れてください」
リディア先生が告げる。
私は水魔法を選んだ。雷はもちろん使わない。水の球を小さくまとめ、的の中央へ飛ばす。横風を読み、軌道をほんの少し修正した。
的に水が弾ける。
「命中。次、防御」
私は薄い水膜を広げ、飛んできた模擬弾を受け止めた。水面が震え、足元に雫が落ちる。
「制御は良好。ただし、魔力を抑えすぎていますね」
先生の声に、私はぎくりとした。
「安全のためです」
「安全と過小評価は違います。必要な出力を見極めなさい」
祖母にも似たことを言われた気がする。
次はアレクシスの番だった。彼は金剛で腕と盾を強化し、模擬弾を受ける。盾は揺るがないが、足が半歩後ろへ滑った。
「ぐっ……!」
「衝撃を無視しない!」
ガルド先生の声が飛ぶ。
アレクシスは歯を食いしばり、次の一撃では膝を柔らかく使った。受ける角度を変え、衝撃を地面へ逃がす。
「今の方がいい」
彼は汗を拭い、満足そうに笑った。
ところが、その直後だった。
訓練場の端に立てられた軽い模擬標識が、突風に煽られて倒れた。近くでは一年生が用具を片づけている。
「危ない!」
私は走り出しかけた。水魔法で押し戻すこともできる。けれど足元は濡れていて、強く水を出せば余計に滑らせるかもしれない。
アレクシスが盾を構えたが、距離がある。
「左から回って!」
私は声を張った。
トビアスが土の小さな段差を作り、倒れる標識の下端を受けた。私は風の向きを変えて勢いを弱める。アレクシスが駆け寄り、最後は盾で支えた。
標識が止まった。
片づけをしていた生徒は青い顔で礼を言った。
「ありがとうございます……!」
私は息を整えた。とっさに全力を出せば、もっと早く止められたかもしれない。でも、あの場所にはほかの生徒もいた。
「怪我はない?」
「はい」
それを聞いて、ようやく肩の力が抜ける。
リディア先生は倒れた標識を確認したあと、静かに言った。
「今日の出来事は事故報告に記します。ですが、三人の判断は評価します」
アレクシスが私を見る。
「一人で飛び込まなくて正解だったな」
「うん。みんながいたから止められた」
私は心からそう思った。
試験の後、私は手のひらを見つめた。魔法を使った指先にはまだ熱が残っている。強い魔法を使うのは簡単ではない。それ以上に、使わないと決めることが難しいときもある。
「さっき、飛び出しかけたでしょう」
ルシアンが水筒を差し出した。
「うん。でも、先生が動いていたから」
「見えていたんだね」
「最初は自分が行かなきゃって思った。でも、私が急に入ったら、ほかの人の邪魔になるかもしれない」
言葉にすると、判断の重さがようやく実感になった。ルシアンは水筒の蓋を閉め、静かに頷く。
「君が助けたいと思う気持ちは、間違っていないよ。だからこそ、どう助けるかを選べたのは大きい」
「褒めてる?」
「もちろん」
「じゃあ、もう一回言って」
彼は一瞬目を丸くし、それから笑った。
「よく考えたね、エレナ」
胸の奥がくすぐったくなり、私はわざと空を見上げた。風はまだ強い。それでも、さっきほど怖くはなかった。
その日の風は、試験が終わる頃には少し穏やかになっていた。




