第26話 銀白の盾と記録帳
魔法評価の前に、ノエルはセレスティーヌの記録帳を開いた。
ページには日付と持続時間、魔力消費の感覚、結晶の大きさが丁寧に書かれている。小さな数字の列なのに、私には彼女が積み重ねてきた勇気のように見えた。
ノエルの記録帳には、数字だけでなく小さな注釈が並んでいた。『発動直後は安定』『三秒目に縁が薄くなる』『息を止めると魔力消費が増える』。
几帳面な字を追っていると、盾の向こうにいるセレスティーヌの努力が見えてくる気がした。
「ここ、どうして丸がついてるの?」
私が尋ねると、ノエルは少し嬉しそうに答えた。
「成功した条件です。同じことを何度か繰り返して確かめました」
「魔法も剣と一緒だね。うまくいった一回より、いつでもできる方が大事」
セレスティーヌは小さく笑う。
「前の私は、できなかったことばかり数えていたわ」
その言葉に、私たちは少し黙った。彼女が誰の言葉に傷ついてきたのか、みんな知っている。でも、ここでその名を出す必要はなかった。
「今日は何を目標にする?」とフィオナ。
「大きくすることじゃなくて、五秒を安定させること」
セレスティーヌは自分で答えた。私はそれが、何より頼もしく聞こえた。
「五秒を超えると不安定になるのは、魔力が足りないからだけではないと思います」
ノエルが指先で線を引く。
「最初に形を作るとき、少し多く流しすぎているんです。維持に回す分が減ってしまう」
「では、最初から小さく作れば……」
「たぶん。でも、急に変えると感覚がずれるかもしれません」
セレスティーヌは真剣な顔で頷いた。
私たちは教官の許可を得て、訓練室の隅を借りた。リディア先生は腕を組み、こちらを見守っている。
「いいかしら。結晶を大きくする練習ではなく、同じ形を繰り返す練習にするの」
「はい」
セレスティーヌが両手を前に出す。淡い銀白色の光が集まり、手のひらほどの透明な盾になった。
一秒、二秒、三秒。
「そこで止めて」
ノエルの声に合わせて、結晶が静かにほどける。
セレスティーヌは目を瞬いた。
「まだ余裕があるわ」
「それが大事なんです。もう一回、同じように」
二度目、三度目。大きさはほとんど変わらない。四度目で指が少し震えたため、私たちは休憩を挟んだ。
「こんな地味な練習で、本当に上達するのかしら」
彼女が苦笑する。
「私の祖母は、魔力制御の練習をするとき、水を一滴ずつ落とすんだよ。何時間も」
「何時間も?」
「うん。私は途中で剣の稽古に逃げたけど」
ノエルが小さく笑い、リディア先生も口元を緩めた。
「マリアンヌ様らしいわね」
私は慌てて先生を見る。祖母の名前が出ると、なんとなく背筋が伸びてしまう。
「先生、祖母をご存じなんですか?」
「昔、教えていただいたの。あなたには、まだ教わるべきことがたくさんありそうね」
意味深な言葉に、私は少しだけ身構えた。
最後の練習で、セレスティーヌの盾は五秒間、ほとんど揺れなかった。前より長くはない。それでも形が安定している。
「できた……」
彼女が呟く。
「うん。前よりずっときれい!」
私は思わず声を上げた。
リディア先生は頷いた。
「評価は、力の大きさだけを測るものではありません。今の制御を忘れないこと」
セレスティーヌは深く礼をした。
廊下に出ると、彼女は記録帳を胸に抱いて言った。
「以前の私なら、五秒しか持たないと思っていたわ。今は、五秒を確実に守れると思える」
私はその言葉が嬉しくて、何度も頷いた。
試験用の小さな衝撃球が盾に触れると、銀白の表面に水紋のような光が広がった。結晶は砕けず、ほんのわずかにしなって衝撃を受け流す。
私は思わず拍手しかけたが、セレスティーヌの顔色を見て手を止めた。
「息、苦しくない?」
「少しだけ。けれど、まだ大丈夫」
ノエルが時間を読み上げる。三秒、四秒、五秒。合図と同時に結晶が細かな光となって消え、セレスティーヌは大きく息を吐いた。
「できた……」
驚いたような声だった。ミレイユがすぐに水筒を差し出す。
「まず座って。喜ぶのはそのあとよ」
「そうね。ありがとう」
セレスティーヌは椅子に腰を下ろし、両手で水筒を包んだ。成功したのに無理を重ねない。その判断まで含めて、今日の彼女は強かったのだと思う。
「私、次は六秒を目指したい」
「いいね。でも明日じゃなくてもいいからね」
私が言うと、彼女は声を立てて笑った。
小さな盾が少しずつ強くなる。彼女自身も、きっと同じなのだ。




