第24話 倉庫の古い刻印
午後の評価は、三人一組で用具を運び、指定の場所に防御陣地を作る課題だった。
私の班はアレクシスと、土魔法が得意な男子生徒のトビアス。アレクシスは重い盾を持ち上げながら得意げに笑う。
用具倉庫の扉を開けると、乾いた木材と油を塗った革の匂いがした。天井近くまで積まれた木箱の隙間を、細い日差しが斜めに通っている。
壁には古い器具の管理札が並び、読みづらくなった文字の上から何度も番号が書き直されていた。
「ここ、何年くらい使っているんだろう」
私が呟くと、土魔法の得意なトビアスが箱の底を覗き込んだ。
「少なくとも父の代より前だと思います。学院の設備は丈夫ですから」
「丈夫なら助かる!」とアレクシスが大きな木枠を持ち上げかける。
「待って。金具が緩んでる」
私はすぐ声をかけた。彼が手を止めると、木枠の角から錆びた留め具が転がり落ちた。
「おっと。危なかったな」
「重い物を持てるのと、安全に運べるのは別だよ」
言った直後、祖父に何度も同じことを言われたのを思い出した。アレクシスは素直に頷き、今度はトビアスと持ち手を確認する。
三人で動くと、さっきまで重そうだった荷物が不思議なくらい軽く感じられた。
「俺が前に立てば完璧だな」
「前に立つ前に、荷物の数を確認しよう」
トビアスが冷静に答えた。
私は思わず頷いた。アレクシスは頼もしいけれど、勢いで進むところがある。……私も人のことは言えないけれど。
用具倉庫は訓練場の裏にあった。古い石造りで、扉を開けると乾いた木と鉄の匂いがした。棚には練習用の盾や結界杭が整然と並ぶ。
「これ、番号が薄いね」
私は一本の杭を持ち上げた。握りの下に、星を輪で囲んだような古い刻印がある。学院の紋章とは違う。
「古い備品だろう」とトビアス。
「でも、魔力の通り道が妙に滑らかだ」
アレクシスが指でなぞる。彼は武具の手入れにも詳しい。
私もほんの少しだけ魔力を流しかけて、慌てて止めた。知らない道具に勝手に魔力を通すのは危険だ。祖母にも厳しく言われている。
「先生に聞いてから使おう」
結局、私たちは刻印のある杭を棚に戻し、新しい備品を選んだ。
課題が始まると、アレクシスが盾を前に出し、トビアスが土の低い壁を作る。私は周囲の安全を確認しながら、結界杭の配置を調整した。
「そこ、少し右!」
「この辺か?」
「もう半歩。風が抜けるから、背面を閉じた方がいい」
実家の森で魔物の通り道を見てきた経験が役に立った。私は剣を振るより、二人の動きを見て指示を出すことに集中した。
評価が終わると、ガルド先生が陣地を一周した。
「悪くない。だが、右側の退路が狭い」
「盾の幅を優先しすぎました」とアレクシス。
「気づいていたのか」
「途中で。言うのが遅れました」
彼は素直に頭を下げた。私は少し驚いた。いつも大声で笑う彼にも、こんな表情がある。
帰り際、私は倉庫のことを思い出して先生に尋ねた。
「古い杭に、星の輪みたいな印があったんです。あれは何ですか?」
先生の眉がわずかに動いた。
「古い魔導具の工房印かもしれん。勝手に触らず報告したのは正しい」
「何か特別なものなんですか?」
「分からん。学院の備品記録を確認しておこう」
答えはそれだけだった。
私は頷いたが、刻印の形がなぜか頭に残った。見覚えがあるような、ないような。家の蔵で見た古い木箱の模様に、少し似ていた気もする。
もちろん、それだけで何かを決めつけるわけにはいかない。
夕暮れの廊下でルシアンに話すと、彼は一瞬考え込んだ。
「今度、図書室の工房史を調べてみようか」
「試験が終わってからね」
「そうだね。今は試験の方が大事」
片づけの途中、私は古い箱の側面に刻まれた模様へ指を伸ばしかけた。輪を重ねたような線。その中心から細い枝が伸びている。
家の書庫で見た紋様に少し似ている気がしたが、どこで見たのか思い出せない。
「触らない方がいい」
ルシアンの声に、手を止めた。
「危ないもの?」
「分からない。だからこそ、勝手に触らない」
彼は身をかがめ、箱の番号と刻印の位置を紙に写した。慎重な指先を見ていると、幼い頃、森で見つけた見知らぬ茸を私が摘もうとして止められたことを思い出す。
あのときも彼は『知らないものを、知らないまま触らない』と言った。
「ルシアンは昔から変わらないね」
「君もね。昔から先に手が伸びる」
「今は止めたよ」
「うん。成長した」
褒められたのに、なぜか少し悔しい。私が頬を膨らませると、彼は目元を緩めた。
刻印については誰も断言しなかった。
試験の用具を戻すとき、私は箱の番号だけを覚えておくことにした。
その返事が少し残念そうで、私は笑ってしまった。




