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辺境子爵令嬢は平穏に暮らしたい ~剣と魔法の才能を隠して、普通の学院生活を送るはずでした~  作者: EA
第一部「王立学院編」

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第22話 五人の作戦会議

 翌朝の食堂は、いつもより賑やかだった。


 パンを運ぶ給仕の足音、銀の食器が触れ合う音、試験の噂を話す声。窓の外では白い雲が低く流れ、午後には風が強くなりそうだった。


 朝食の湯気が立つ食堂で、五人は窓際の丸卓を占領していた。焼いたパンの香りと果物の甘酸っぱい匂いが混じり、給仕が運ぶ皿の音が絶え間なく響く。


 試験の日だというのに、ミレイユはいつもどおり髪飾りの角度を確かめていた。


「緊張すると顔がこわばるでしょう。だから先に笑っておくの」

「それ、試験の対策なの?」

「もちろん。表情が柔らかければ、先生への返事も自然になるわ」


 フィオナが笑って、卓に薄い紙を広げた。そこには試験場の配置が簡単に描かれている。


「昨日、掲示された注意書きから写したの。通路が狭いから、魔法を使う人は足場にも気をつけて」

「商会のお仕事みたいね」とセレスティーヌ。

「荷物も人も、流れが止まると危ないの。お父様がいつも言ってる」


 ノエルはその隣に座り、小さな字で『魔力残量を確認』と書き加えた。私は自分の皿を見下ろす。緊張しているつもりはなかったのに、パンが半分も減っていない。


「エレナ、食べないと力が出ないよ」

「そうだね。よし、食べる」


 勢いよく頬張ると、四人が揃って笑った。こういう朝なら、試験だって悪くない。


「緊張して食べられないわ」


 セレスティーヌがスープの匙を止める。


「じゃあ、私が代わりに食べ――」

「エレナ、それは励ましじゃないわ」


 ミレイユに止められ、私は素直にパンを自分の皿へ戻した。フィオナが笑い、ノエルも小さく肩を揺らす。


「昨日の練習で、聖晶は何秒だった?」


 ノエルが記録帳を開いた。


「五秒と少し。でも、六秒目に無理をすると急に薄くなるの」

「じゃあ今日は四秒で切るのがいいかも」


 私はそう言った。実家の祖母がいつも言っていた。限界まで出すことと、必要な分を正確に出すことは違う、と。


「そうね。試験だからって、急に大きくしない」


 セレスティーヌは自分に言い聞かせるように頷いた。


 ミレイユは手袋の縫い目を確かめている。先日、五人のために用意してくれたものだ。指先が動かしやすく、掌には滑り止めがある。


「エレナはこれ、ちゃんと使ってね。剣を握るとき、いつも素手でしょう」

「だって感触が違うから」

「学院の備品を壊さないためにも必要よ」

「壊したことないよ!」

「まだ、でしょう?」


 返す言葉が見つからない。


 フィオナは評価用具の貸出表を広げた。


「昨日、訓練場の管理係さんに聞いたの。剣術は模擬戦だけじゃなくて、三人一組の判断課題もあるらしいわ」

「三人?」

「誰と組むかは当日発表。魔法の課題も、たぶん一人で完結しないと思う」


 ノエルの目が少し輝いた。


「それなら、治療や補助が得意な人も評価されますね」

「そう。私たちが何を得意としているか、先生たちは見ているはず」


 セレスティーヌは自分の指先を見つめた。昨日の練習で小さな結晶が現れた場所だ。


「私の魔法は、皆の足を引っ張らないかしら」

「引っ張るかどうかは、使い方次第だよ」


 私は急いで言った。「小さな盾でも、誰かが一歩動く時間を作れる。前に守ってくれたとき、すごく助かった」


 彼女の頬がかすかに赤くなる。


「……ありがとう」

「それにね」とフィオナが続けた。「商会では、大きな荷車より、必要なところへ確実に届く小箱が役立つこともあるの」

「それ、商会の教訓?」

「お父様の口癖。半分は私が作ったけど」


 皆が笑った。


 食堂を出ると、廊下の掲示板には試験の班分けが貼り出されていた。人垣の向こうに見える名前を、ミレイユが背伸びして読み上げる。


「エレナは……アレクシスと同じ班!」

「ええっ!」


 私の声が廊下に響いた。


 隣にいたルシアンが、困ったように笑う。


「ほら。昨夜、言ったとおりになったね」


 アレクシスは遠くから親指を立てていた。


「よろしくな、相棒!」


 食事が終わると、セレスティーヌが布包みから小さな銀白の結晶を取り出した。親指の爪ほどの大きさで、光にかざすと薄い霧のような筋が見える。


「昨日の練習で作ったものなの。朝には消えると思ったのだけれど」


 ノエルはすぐに触ろうとはせず、目を近づけて観察した。


「魔力が抜ける速度が一定ではないのかもしれません。今日の評価では、無理に大きくしない方がよさそうです」

「ええ。昨日の五秒を、今日も確実にできれば」


 セレスティーヌの声は小さいが、迷いはなかった。私はその結晶が綺麗だと思った。派手な炎でも、目を引く雷でもない。


 けれど誰かの前に立って守るには、こういう静かな力が必要なのだろう。


「ねえ、終わったらお茶にしよう。結果がどうでも、五人で」

「結果がよかったらお菓子を増やす?」とフィオナ。

「悪くても増やしてほしいわ」とミレイユ。


 笑い声の中で、セレスティーヌも少し肩の力を抜いた。私たちはそれぞれ違う課題に向かう。

 でも、帰ってくる場所は同じなのだ。


 私は天井を仰いだ。平穏な試験が、すでに遠のいている気がした。


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