第19話 守る力の代償
翌朝、セレスティーヌは授業に来なかった。
いつも彼女が座る窓際の席には、教科書だけがきちんと積まれていた。昨日までなら気にも留めなかった空席が、今日は教室のどこより目立って見える。
教師が板書する文字を写しても、同じ行を二度書いてしまった。
「エレナ、そこは前のページよ」
隣のノエルがそっと教えてくれる。
「あ、本当だ。ありがとう」
笑ってみせたつもりなのに、ノエルは心配そうに私を見た。
「私も気になっています。でも、医務室の先生が休息を指示したなら、今は休んでもらうのが一番です」
「うん。分かってる」
頭では分かる。けれど昨日、結晶が砕けた瞬間に見えたセレスティーヌの青白い顔が、何度も思い出された。
医務室で診てもらった結果、魔力を急に使った疲労が残っているため、午前中は休むよう言われたらしい。
「大丈夫かな」
私は何度も時計を見た。授業の文字が頭に入ってこない。
「午後には会えるって、本人が伝えてきたわ」
ミレイユが小声で教えてくれる。
「心配なのは分かるけど、今は休ませてあげましょう」
その通りだった。私は深呼吸して、ノートに目を戻した。
昼休み、五人で医務室へ行くと、セレスティーヌは窓際の椅子に座っていた。顔色は戻っている。
「皆、心配をかけてごめんなさい」
「謝るのは禁止!」
フィオナが先に言った。
「あなたのおかげで助かったのに、謝られたら困るわ」
セレスティーヌは驚き、やがて笑った。
ノエルは昨日の記録帳を開いた。
「結晶は大きくなりました。でも、魔力の消費も急に増えています。形を広げるとき、無理に力を流したのかもしれません」
「そうだと思うわ。板が落ちてくるのを見たら、何も考えられなくて」
「それでも、守れた。次は安全に使えるようにしよう」
私が言うと、彼女はうなずいた。
そこへ、廊下から聞き覚えのある声がした。
「ベルクハルト嬢はいるか」
フェリクス第二王子だった。
医務室の空気が変わる。セレスティーヌは立ち上がろうとしたが、ミレイユがそっと肘を支えた。
「殿下。お見舞いに……?」
「訓練場で騒ぎを起こしたと聞いた。王家に関わる者が軽率な真似をしては困る」
セレスティーヌの表情が硬くなる。
私は口を開きかけた。しかし彼女が、私より先に言葉を選んだ。
「ご心配をおかけしました。今後は安全に気を配ります」
「当然だ。くだらない魔法に熱を上げるな」
殿下はそれだけ言って去った。
扉が閉まったあとも、誰もすぐには動かなかった。
私は拳を握った。怒りで喉が熱い。でも、ここで私が騒げば、彼女がもっと困るかもしれない。
「セレスティーヌ」
「大丈夫よ」
そう答えた彼女の声は震えていた。
「……大丈夫と言いたいの。でも、少しだけ、つらいわ」
私は隣に座り、何も言わずに待った。
「昨日は嬉しかったの。自分にもできることがあると思えたから。けれど、あの方の前では、また小さくなってしまう」
「小さくなってもいいよ」
私が言うと、彼女は顔を上げた。
「今日は休んで、明日また考えよう。昨日守れたことは、誰にも消せないから」
フィオナがうなずく。
「私が無事だったのは事実よ。あれをなかったことにはさせないわ」
ミレイユはセレスティーヌの手を握り、ノエルは記録帳を閉じた。
しばらくして、セレスティーヌは涙を拭った。
「ありがとう。私、もう少し自分の力を信じてみる」
その日の夕方、私はルシアンと学院の中庭を歩いた。
「怒ってる?」
「うん。すごく」
「君が何も言わなかったのは、彼女のため?」
「たぶん。言いたいことは山ほどあったけど」
ルシアンは少し考えた。
「我慢することと、見過ごすことは違うよ。彼女が助けを求めたら、僕たちも考えよう」
「……うん」
木々の葉が夕風に揺れる。私は剣の柄に触れず、ただ歩いた。剣を抜けない問題もある。学院に来て、初めてそれを強く感じた。




