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辺境子爵令嬢は平穏に暮らしたい ~剣と魔法の才能を隠して、普通の学院生活を送るはずでした~  作者: EA
第一部「王立学院編」

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第18話 小さな盾が守ったもの

 訓練場の修繕が終わった翌日、私たちは短い練習だけをすることにした。


 新しく結び直された固定紐は朝の光を受けて白く見え、昨日傾いていた木枠もまっすぐになっていた。


 管理人は一本ずつ金具を確かめ、ガルド教官は私たちに、道具の点検も訓練の一部だと念を押した。


「危ないものがあったら、強い魔法で何とかする前に離れる。分かったな」

「はい!」


 私は元気よく返事をしたが、教官の目がなぜか私のところで止まった。


「特にリーヴェルト」

「……はい」


 実家では、倒れかけた薪棚を剣で支えたら祖父に褒められたことがある。今思えば、先に周りの人を避難させるべきだったのかもしれない。私はこっそり反省した。


 セレスティーヌは前より落ち着いた顔をしている。結晶盾を作る前に、ゆっくり息を吐くようになった。


「今日は五秒を三回。無理をしないこと」


 ノエルが記録帳を開く。


「了解です、先生!」


 私が返事をすると、ノエルは真っ赤になった。


「せ、先生ではありません」

「でも説明が上手だよ」


 フィオナが笑い、ミレイユが「次はお揃いの練習用手袋ね」と言った。


 ルシアンとアレクシスは訓練場の端で木枠を確認していた。昨日の突風で緩んだ箇所がないか、管理人と一緒に点検している。


 最初の二回は順調だった。小さな盾は、布球を受けて五秒保った。三回目に入ろうとしたとき、風が強くなった。


 管理人が積み直した軽い木製の標識が、壁際でがたんと揺れる。固定用の紐が外れ、細い板が一枚、こちらへ傾いた。


「下がって!」


 私は叫んだ。ミレイユがノエルの腕を引く。けれどフィオナは足元の荷物につまずき、すぐには動けなかった。


 私が駆け寄るより早く、銀白色の光が走った。


 セレスティーヌの前に、両手ほどの結晶盾が現れる。


 板が盾に当たり、ぱきん、と乾いた音が響いた。


 結晶はひび割れ、砕けて消えた。だが板の勢いは弱まり、フィオナの手前に落ちた。


「フィオナ!」


 私は彼女の肩を支える。


「大丈夫、怪我はないわ」


 フィオナは震える声で答えた。


 管理人とガルド教官がすぐに駆けつけ、周囲を確認した。大きな事故にはならなかったが、訓練は中止になった。


 セレスティーヌは膝に手をついていた。顔色が悪い。


「セレスティーヌ、座って」

「ええ……少し、力を使いすぎたみたい」


 ノエルが水を差し出し、ルシアンが無理に立たせないように言う。魔力を急に使うと、体が重くなる。私にも覚えがあった。


「私のせいで……」


 フィオナが口を開くと、セレスティーヌは首を振った。


「違うわ。私が、自分で守りたいと思ったの」


 その声は弱かったけれど、はっきりしていた。


「盾は割れてしまったけれど……間に合ったのね」

「間に合ったよ」


 私は彼女の隣にしゃがむ。


「板の勢いを止めた。フィオナは無事だった。すごいことだよ」


 セレスティーヌは砕けた結晶があった場所を見つめた。


「小さくても、守れたのね」


 目元が少し潤んでいた。


 アレクシスが盾を肩に担いで近づいてきた。


「立派だった。あの距離で迷わず動けるのは、簡単じゃない」

「ありがとうございます」


 彼女は丁寧に礼をした。それ以上の言葉は交わさなかったが、アレクシスの表情は真剣だった。


 アレクシスは一歩離れたところで、フィオナの無事を確かめていた。けれど、その視線は何度かセレスティーヌへ戻っていた。


「王子の婚約者だから、というわけじゃないんだな」


 誰に聞かせるでもなく、彼が小さく呟く。


「何が?」とルシアンが尋ねると、アレクシスは少し考えてから答えた。

「さっきのことさ。自分が傷つくかもしれないのに、迷わず手を伸ばした。ああいうのを、強いって言うんだろうな」


 彼の目に映っていたのは、王族の隣に立つ令嬢ではなかった。割れてしまうと知りながら盾を掲げた、一人の少女だった。


 セレスティーヌが顔を上げると、アレクシスはいつもの調子で片手を振った。彼女も疲れた顔のまま、小さく笑う。


 その笑顔がなぜか心に残ったことを、アレクシスはまだ言葉にできなかった。

窓の外には穏やかな光が差し込んでいる。


「明日は休もうね」

「ええ。今日は、もう十分だわ」


 セレスティーヌは笑った。


 私も笑い返す。強さは大きな魔法だけじゃない。そう教えてくれたのは、今日の小さな盾だった。


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