第17話 揺れる結晶と予想外の風
合同訓練の日、空はよく晴れていた。
雲の切れ間から差し込む光はまだ柔らかく、砂地の一粒一粒まで明るく照らしていた。訓練場の外では鳥が鳴き、遠くの校舎から鐘の余韻が届く。
こんな穏やかな日に、誰かを守る練習をするのは少し不思議だった。けれど、危険はいつも天気の悪い日に来るわけではない。
「セレスティーヌ、怖かったら途中で止めていいからね」
私が言うと、彼女は一度だけ唇を結び、ゆっくり首を振った。
「怖くないと言えば嘘になるわ。でも、今日は自分でやってみたいの」
その声には、以前のように誰かの顔色をうかがう響きがなかった。私は嬉しくなって大きく頷きかけ、慌てて声を落とした。
「うん。じゃあ、無理しないで一緒にやろう」訓練場の端に張られた旗が、時折強い風を受けて鳴る。
フィオナが用意した布球は、軽くて柔らかい。ルシアンの風で動かしても怪我をしないよう、ノエルが中身を確かめてくれた。
「避難役は私とミレイユとフィオナ。エレナが誘導して、セレスティーヌが盾で守る。これでいい?」
ノエルの確認に皆がうなずく。
ガルド教官は離れた位置から見守っていた。
「訓練でも、危険と判断したら即座に止める。忘れるな」
始まりの合図で、アレクシスが盾を構えた。通路の中央を塞ぐだけの役目だが、彼が立つとそれだけで道が狭く感じる。
「こっち!」
私は三人を左側へ誘導した。ルシアンの風で布球が一つ飛んでくる。セレスティーヌが掌を向け、銀白色の盾を作った。
ぽすん、と柔らかな音。球は盾に当たり、地面へ落ちた。
「できた!」
思わず声を上げた私に、セレスティーヌが少し笑う。
だが二つ目が来たとき、盾の縁が揺れた。彼女は形を整えようとして足を止める。
「セレスティーヌ、歩いて!」
ミレイユの声。私は彼女の横へ戻った。
盾は割れ、布球が地面を転がった。訓練は失敗だった。
「ごめんなさい」
「謝る前に、何が難しかったか教えて」
ルシアンが穏やかに言う。
「盾を作ることに集中すると、足が止まってしまうの」
「なら、動くのは次の課題だね。今は止まった状態でいい」
私は自分が焦らせたことに気付いた。守る魔法を使いながら歩くのは、剣を振りながら周りを見るのと同じくらい難しい。
二度目の訓練を始める前に、空模様が変わった。晴れているのに、突風が吹いたのだ。
訓練場の脇に積まれていた空の木箱が倒れ、乾いた音を立てる。
「危ない、いったん中止!」
ガルド教官の声が飛んだ。
皆が足を止める。風はすぐに弱まったが、箱を支えていた古い木枠が少し傾いていた。
「誰かが片付けるまで近づかないように」
教官はそう言って管理人を呼びに向かった。
私たちは休憩所へ移った。セレスティーヌは手を膝の上で握りしめている。
「私、さっきも失敗したわ。みんなに迷惑を……」
「私だって、最初は急がせすぎた」
私は隣に座った。
「それに、さっきの布球は止められたよ」
「一つだけよ」
「一つ止められたなら、次も一つ止めればいい。二つ目は、そのあと考えよう」
ノエルがうなずく。
「一度に増やす課題は一つだけにしましょう。盾を維持する、歩く、方向を変える。それぞれ別に練習できます」
セレスティーヌはゆっくり息を吐いた。
「そうね。全部一度にできなくてもいいのよね」
遠くで管理人が木箱を運び始めた。私たちは危険な場所に近づかず、訓練場の端から見守る。
次の練習は、まず足を止めたまま布球を一つ受けることになった。
小さな盾が光る。三秒、四秒、五秒。球が当たっても、今度は割れなかった。
セレスティーヌの目が少しだけ輝いた。
その日の終わり、ガルド教官は私たちに言った。
「よく考えたな。勝つことより、止めるべきときに止められるほうが難しい」
私はその言葉を胸にしまった。剣でも、魔法でも、きっと同じなのだ。




