第14話 公爵令嬢の秘密のお茶会
ヴィクトリア・ローゼンベルク様からのお茶会の招待状は、白い封筒に淡い薔薇の封蝋が押されていた。
封筒は指先に吸いつくほど上質な紙で、光にかざすと繊細な透かし模様が見えた。
私はそれを机の上に置いてから、もう一度持ち上げる。
王太子殿下の婚約者である公爵令嬢から、どうして私に招待状が届くのだろう。
姉のクラリスなら、きっと封蝋を見ただけで差出人の家格から返礼の作法まで思い浮かべるはずだ。
私はまず、うっかり剣の手入れ油を封筒につけていないか確かめた。
「大丈夫。汚れていませんよ」
ノエルが小さく笑う。
「心を読まれた?」
「エレナさん、さっきから同じところを三回見ています」
自分の落ち着きのなさが恥ずかしくて、私は封筒をそっと机に戻した。
寮の部屋でそれを開いた私は、しばらく文字を見つめた。
「私、何か失礼なことをしたかな」
机の向こうでノエルが顔を上げる。
「どうしてそう思うんですか?」
「公爵令嬢様に呼ばれるなんて、何か注意されるのかと」
「以前からお知り合いなんですよね?」
「クラリス姉様のお作法の先生でもあるの。私も何度か教えてもらったけど……」
背筋を伸ばす練習をした記憶がよみがえる。あの方の前では、茶杯を置く音まで気になった。
指定された小広間へ向かうと、ヴィクトリア様は窓際で待っていた。薄紫のドレスに、完璧な微笑み。王太子クラウス殿下の婚約者にふさわしい、誰もが見惚れる姿だった。
「よく来てくれました、エレナ」
「お招きいただき、ありがとうございます」
教わったとおりに礼をすると、ヴィクトリア様は満足そうにうなずいた。
「クラリスから手紙をもらいました。あなたが学院で元気にしているか気になって」
「姉様ったら……」
「それと、剣術の試合の噂も聞きました」
私は茶杯を取り落としそうになった。
「もう、そんなに広まっているんですか?」
「ええ。金剛の盾をかわした令嬢がいる、と」
ヴィクトリア様は優雅に紅茶を注いだ。しばらく学院の授業や北方の暮らしについて話した後、彼女は侍女に目配せした。扉が静かに閉じる。
「ここからは、内緒のお話をしましょう」
声が少し弾んでいた。
「エレナ、剣を振るのは楽しい?」
「はい。とても」
「……羨ましいわ」
私は顔を上げた。ヴィクトリア様は窓の外の訓練場を見つめている。
「幼いころ、私も騎士に憧れたの。馬に乗って、剣を持って、誰かを守る人になりたかった」
「今からでも、お稽古はできますよ」
「ふふ。あなたならそう言うと思った」
彼女は小さな箱を開けた。中には、可愛らしい兎の刺繍が施された布飾りが入っていた。
「それと、こういうものも大好き。でも、公の場では少し子どもっぽいと見られるでしょう?」
「かわいいです!」
私は思わず身を乗り出した。
「リリアが見たら、絶対に欲しがります」
「そうでしょう? あなたの妹さんの話も聞きたいわ」
公爵令嬢の微笑みが、初めて同じ年頃の姉のように見えた。
やがて話はセレスティーヌのことに移った。私は言葉を選びながら、彼女が自分の魔法に自信を持てずにいることを伝えた。フェリクス殿下の名は慎重に扱う。
「彼女は努力家です。友達として、少しでも力になりたいんです」
ヴィクトリア様はすぐには答えなかった。
「誰かを助けたいときほど、相手の意思を確かめてあげて。善意でも、代わりに決めてしまえば、その人の力を奪うことになるわ」
私は胸の中でその言葉を繰り返した。
「はい。覚えておきます」
「それから、剣術の件」
「……はい」
「隠そうとしても、あなたの動きは目立つわ。だったら、力をどう使うかを学びなさい」
叱られると思っていた私は、少し驚いた。
帰り際、ヴィクトリア様は兎の布飾りを私に見せて笑った。
「これは秘密よ」
「もちろんです」
広間を出たあと、私は手の中の招待状を見直した。完璧に見える人にも、誰にも話せない憧れがある。
その夜、ルシアンに会うと、彼は私の顔を見て首を傾げた。
「何かいいことがあった?」
「うん。すごく素敵な秘密を聞いたの。でも教えられない」
「それなら聞かないよ」
彼は当たり前のように答えた。
その気遣いが嬉しくて、私はつい笑ってしまった。




