第7話 魔法試験と秘密の属性
魔法実技の朝、私はいつもより念入りに手袋を確かめた。
指先の縫い目は丈夫で、魔力が滲み出ても目立ちにくい。祖母が選んでくれたものだった。九歳の冬、初めて雷が走ったとき、私は怖くて泣いた。自分の手から光が飛び、庭の石を黒く焦がしたのだから無理もない。
祖母は叱らず、ただ「怖いと思えたなら、制御を覚えられる」と言った。以来、魔法を使わないときの呼吸や、余分な魔力を外へ漏らさない感覚まで、何度も練習してきた。
今日の試験で必要なのは、強さを示すことではない。自分で決めた範囲を守ることだ。
雷の魔法を使う予定はない。それでも、緊張すると指先がちりちりすることがある。九歳で初めて発現して以来、祖母には『使わない技術も、使う技術と同じくらい大切』と言われてきた。
魔法試験の会場は、学院の東棟にある広い実習室だった。石床には安全用の術式が刻まれ、窓には飛散防止の結界が張られている。
「リーヴェルトさん」
私を呼んだ女性教官は、銀縁の眼鏡をかけていた。
「リディア・フェルナーです。あなたの祖母マリアンヌさまには、昔お世話になりました」
「祖母のことをご存じなんですね」
「ええ。ですから、必要以上に控えめな魔法を使うと、すぐわかりますよ」
私は内心で頭を抱えた。剣術の教官も、魔法の教官も、どうして家族を知っているのだろう。
試験は四属性の適性確認から始まった。
実習室の壁際には、魔力の反応を測る水晶と、属性ごとに色が変わる小さな板が並んでいた。火を灯した生徒が嬉しそうに笑い、土を盛り上げた生徒が拍手を受ける。うまくできなかった生徒にも、教官は丁寧に助言していた。
魔法の得意不得意は人によって違う。魔力量が多くても、制御が難しい人はいる。祖母は、力の大きさで人を見下す者を厳しく叱った。私も、ここで学ぶことがあるはずだ。
順番を待つ間、私は隣の生徒が風で羽根を持ち上げるのを見た。ふわりと浮いた羽根が、途中でくるくる回る。見ているだけで楽しくなった。小さな火を灯し、水を球にし、風で羽根を運び、土の粒を整える。得意不得意を見極めるための基礎課題だ。
私の順番が来た。
「得意属性を二つ、選んでください」
「水と風でお願いします」
私は指先に小さな水球を作り、そこへ風を通した。水面が揺れ、球がふわりと浮かぶ。
「……同時制御ですか」
リディア教官が目を細める。
「すみません。別々のほうがよかったですか?」
「いえ。ただ、普通は片方ずつ安定させます」
私は慌てて水球を下ろした。
リディア教官は記録用紙に何かを書き込んだ。眼鏡の奥の視線が、私の指先へ戻る。
「今のは、どなたに習いましたか」
「祖母です。水の形を崩さずに風を通す練習を……」
「マリアンヌさまらしい課題ですね」
教官は微笑んだが、その声には妙な懐かしさがあった。祖母が昔、どれほど厳しい先生だったのか、私は急に知りたくなった。けれど今聞くのは危険な気がする。何を言われるかわからない。魔力を細かく扱うことは、祖母との毎朝の練習だった。難しいと感じたことがなかったのだ。
「次は出力を測ります。標的を壊さない範囲で」
石の標的が十歩先に置かれた。私は薄い水の刃を作ろうとして、寸前で考え直す。切断力を上げれば標的が割れるかもしれない。代わりに風を柔らかく押し出した。
標的の中心に貼られた紙だけが、ぱたりと倒れた。
「……精度は申し分ありません」
教官の声は褒めているようで、少し呆れてもいた。
私は試験を終えたあと、道具を返すために実習室の脇へ回った。ちょうど別の列で、セレスティーヌが教官に呼ばれるところだった。
「ベルクハルトさん。固有魔法の発現があると申告されていますね」
「はい。《聖晶》です」
彼女は両手を胸の前でそろえ、慎重に息を整えた。淡い銀白色の光が指の間に集まり、薄い花弁を重ねたような結晶へ変わっていく。結晶は少しずつ広がり、手のひらほどの小さな盾になった。
実習室の窓から射した光が、その表面で幾筋にも折れた。私は思わず見入った。氷とも硝子とも違う、澄んだ輝きだった。
「形状は安定しています。では、軽い衝撃を受けてみましょう」
教官が安全術式で作った小さな風の球を放つ。盾は最初の一撃を受け止めたものの、二撃目で細い亀裂が走り、音もなく砕け散った。
「あっ……」
セレスティーヌの肩が落ちた。彼女の額には薄く汗がにじんでいる。盾を作り続けるだけでも、集中と魔力が必要なのだ。
「すみません。やはり、これだけしか……」
「謝る必要はありません」と教官は記録を取りながら答えた。「固有魔法は既存の四属性と単純比較できません。今は維持時間と強度を一つずつ伸ばしましょう。無理に大きくする必要もありません」
少し離れたところで、別の生徒が大きな火球を成功させ、拍手が起きた。セレスティーヌはその音に目を伏せた。
私は声をかけたかった。でも、今ここで「すごい」と騒げば、かえって彼女を困らせるかもしれない。試験が終わったら、きちんと話そう。そう決めて実習室を出た。
試験が終わったあと、廊下でルシアンが待っていた。
「どうだった?」
「標的は壊してないよ」
「それはよかった」
「でも、同時制御を見られちゃった」
ルシアンは少し考えてから言った。
「同時に扱えること自体は、隠す必要がない場合もある。ただ、どこまで見せるかは君が決めればいい」
「そうだね」
私は手袋の下の指先を握った。
「それから、セレスティーヌの《聖晶》を見たの」
「結晶を作る固有魔法だったね」
「小さな盾だったけど、風の球を一度はちゃんと止めた。あれはすごいと思う」
ルシアンは静かに頷いた。
「攻撃の派手さと、防御の価値は別だよ。あの術式なら、魔力を安定させる方向にも伸びるかもしれない。ただし、本人がどんな使い方を望むかが先だ」
「うん。私、ちゃんと本人に聞いてみる」
人の魔法を勝手に評価することと、可能性を信じることは違う。祖母ならそう言うだろう。私は窓の外を見て、セレスティーヌがもう少し楽しそうに魔法を使える日を想像した。
廊下の向こうでは、生徒たちが試験の結果を話し合っていた。「火が得意だった」「風が思ったより難しい」と、楽しげな声が続く。私は少し羨ましくなった。秘密を持たずに魔法の話をできたら、どんなに気楽だろう。
ルシアンはそんな私の沈黙を急かさなかった。窓辺に立ち、ただ隣にいてくれる。私は彼の横顔を見て、十二歳の冬に交わした約束を思い出した。あのときから、彼は一度も秘密を漏らしていない。
「雷は使ってない」
「うん。それでいい」
九歳の冬、初めて雷が走った日のことを、ルシアンだけは知っている。家族以外で秘密を共有する、たった一人の相手だ。
廊下の窓の外で、雲がゆっくり流れていた。
私は静かに息を吐いた。魔法は好きだ。けれど、誰に何を見せるかは、剣の技より難しいのかもしれない。




