↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
辺境子爵令嬢は平穏に暮らしたい ~剣と魔法の才能を隠して、普通の学院生活を送るはずでした~  作者: EA
第二部「王国の陰謀編」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
128/134

第119話 決めるのは誰の未来か

面談の翌朝、セレスティーヌはいつもより早く目を覚ました。


夢の中でも王宮の回廊を歩いていた気がする。

けれど、胸の奥にあった重い石は少しだけ小さくなっていた。


食堂で顔を合わせたエレナが、パンを二つ載せた皿を差し出す。


「今日は食べられそう?」


「ええ。昨日よりは」


「じゃあ、こっちの焼きたてをどうぞ!」


「エレナ、それは君が取ってきた分だろう」とルシアン。


「また取ってくるから平気!」


いつものやり取りに、セレスティーヌは笑った。誰も王宮での答えを急かさない。それがありがたかった。


朝食の席で、セレスティーヌは皿の上のパンを見つめていた。

以前なら、王宮の面談が終わった翌朝に友人たちと笑うなど、不謹慎だと思ったかもしれない。


「私、昨日は怖くて仕方がなかったの」



王宮の執務室で、フェリクスは兄の机の前に立っていた。

窓から入る冬の日差しは明るいのに、室内の空気は冷たく感じられる。


「セレスティーヌは何を望んでいると思う」


クラウスの問いに、フェリクスは鼻で笑った。


扉の外で待つユリウスは、面談内容を自分の判断で書き換えないと決めていた。

フェルディナントも魔法師団の仕事に戻っており、王家の婚約問題へ余計な口を挟むことはない。


学院時代からクラウスを支える三人だからこそ、親しさと公務を混同しないよう心掛けていた。


「婚約者としての待遇を改善してほしいのでしょう。最近は周囲が大げさに騒いでいますから」


「本人に確かめたのか」


「わざわざ尋ねるほどのことですか」


クラウスは机上の書類を伏せた。


「尋ねずに分かると思っているなら、それが問題だ」


フェリクスは反論しかけ、口を閉ざした。

兄が怒鳴らないことが、かえって落ち着かない。

怒鳴られれば、王太子としての権威を振りかざしていると反発できる。だが、今の問いには答えがない。


「兄上は、私がすべて悪いとおっしゃるのですか」


「誰が悪いかを決める前に、何が起きたかを確かめたい。お前の言葉も聞く。だからこそ、彼女の言葉も聞く」


フェリクスは唇を引き結んだ。婚約は幼い頃から決まっていた。

彼女が自分の隣に立つのは当然で、そこに疑問が生じるなど考えもしなかった。


「……あの者は、何か言っていたのですか」


「それを私から聞いて終わりにするな。話す機会を設けるなら、相手の言葉を最後まで聞け」


廊下へ出たフェリクスは、しばらく動けなかった。

苛立ちの下に、名づけにくい不安がある。

自分の知らないところで、当然だと思っていたものが変わろうとしている。



一方、学院ではセレスティーヌが友人たちと次の授業の準備をしていた。

ミレイユは彼女の机に資料を置く。


「王宮での話を、毎日考え続けなくてもいいのよ」


「でも、忘れたら何かを見落としそうで」


「忘れるんじゃないわ。考える時間を決めるの」


ノエルが頷く。「休むことも、続けるための準備だよ」


セレスティーヌは資料の端を揃えた。

待つことしかできない時間にも、自分で選べることがある。

今は、その小さな選択を手放したくなかった。


「うん」とエレナ。


「でも、今朝は少しお腹がすいたわ」


「それはいいことだよ」とノエルが頷く。


ミレイユは紅茶を注ぎながら言った。


「大切な話をしたからって、ずっと緊張していなくちゃいけないわけじゃないもの」


フィオナがパン籠を回す。


「それに、待つ時間は長いよ。毎日ちゃんと食べないと」


セレスティーヌはパンを一口ちぎった。焼きたての香りが広がる。

自分の人生を取り戻すという言葉は大きすぎて、まだ実感がない。

けれど、今朝の食事を自分で選べることは、確かな一歩だった。



一方、フェリクスは兄との面談を終え、苛立ちを隠さずにいた。


「婚約者が不満を述べたからといって、王家が簡単に譲るのか」


クラウスは机の向こうから弟を見た。


「譲るかどうかではない。彼女をどう扱ってきたか、事実を確認している」



誰の未来かを考えた日の夕方、訓練場の片隅で二本の退路を設けた模擬戦を使った連携稽古が始まった。


「今日も全力でいい?」


「木剣と通常魔法だけ。あと、周りを見て」


ルシアンが先に念を押すと、エレナは「分かってるって」と笑った。

互いの進む道を尊重する練習。けれど、焦るといつもの間合いに戻ってしまうことも、二人は知っている。


敵役が動いた。エレナは一方を塞がず敵役の剣を受け流し、ルシアンが風で選ばれた道だけを安全にする。

踏み込んだ足の下で小石が鳴り、乾いた木の衝突音が続く。

エレナは追撃できる距離にいたが、あえて止まった。

後ろの仲間が通り抜けるまで、剣先を低く保つ。


「……今、止まってくれたんだね」


「うん。私だけ先に行っても、みんなが困るから」


ルシアンは小さく頷き、魔法を解いた。

アレクシスが「守ることは行き先を決めることじゃない」と言う。

エレナは木剣を鞘へ戻し、次の課題を尋ねる。

その声はいつもどおり明るかったが、相手の返事を待つ余裕があった。


ーーーーーー

「私は王子だ」

「だからこそ、言葉には責任が伴う」


フェリクスは返答に詰まった。自分が当然だと思っていたことを、兄は当然と認めない。


「イザベラ嬢との関係も、整理して説明してもらう」


「彼女はただの友人です」


「それなら、婚約者を公の席で遠ざけた理由は?」


沈黙が落ちた。

クラウスは追い詰めるためではなく、答えを待つために口を閉じた。


フェリクスは立ち上がりかけ、椅子の背に手をかけた。


「兄上は、私の婚約者より彼女の友人たちを信じるのですか」


「誰を信じるかを決めるために、事実を聞いている」


「セレスティーヌは以前、何も不満を言わなかった」


「言わなかったことと、不満がなかったことは違う」


クラウスの返答は静かだった。

フェリクスは口を開きかけて閉じる。

セレスティーヌが何を好きで、どんなときに困った顔をするのか。

思い返しても、記憶に残るのは礼儀正しい挨拶ばかりだった。


「……私にどうしろと?」


「まず、相手が何を言っているか聞くことだ」


フェリクスは視線を逸らした。

従えば、自分が間違っていたと認めるようで腹立たしい。

だが、何も答えられないまま立ち去ることもできなかった。



その日の午後、七人は学院の小さな会議室に集まった。

セレスティーヌの面談が終わったからといって、学院内の噂がすぐに消えるわけではない。


「今後は、何かあったら記録を残す。でも、誰かを追いかけて問い詰めたりはしない」とルシアン。


「噂を聞いたら、出所より内容を確かめる」とフィオナ。


「休息も予定に入れる」とノエル。


アレクシスは皆の言葉を聞いてから、セレスティーヌに尋ねた。


「君は、何をしてほしい?」


彼女は少し考える。


「わたくしが困っていたら、話を聞いてほしいです。でも、わたくしの代わりに決めないでください」


「分かった」


答えは短かった。だからこそ、信じられた。


帰り道、エレナはルシアンに小声で尋ねた。


「私、何か役に立ててるかな」


「君が隣で笑っているだけで、救われる人もいるよ」


「えっ。それ、褒めてる?」


「もちろん」


エレナが照れて前を向く。

ルシアンは彼女の歩幅に合わせながら、言葉にしなかった思いを胸にしまった。



夕暮れの王宮では、クラウスが婚約の再検討に必要な書類を揃えさせていた。

王家の名誉、伯爵家の立場、本人たちの意思。どれも無視できない。


だが、最も小さく扱われてきた声を、もう見落とすつもりはなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。