第99話 七人の手分け
王宮では、調査の進め方をめぐって意見が割れていた。
「届け先を変えた荷馬車を、すぐに差し押さえるべきです」
若い役人が主張する。
「根拠は?」
クラウスが尋ねた。
「通常と違う動きです」
「通常と違うことは、違反の証拠ではない」
役人は顔を赤くした。
クラウスは責める代わりに、別の問いを出した。
「もし正当な理由があったら、差し押さえで誰が困る?」
「荷主と、届け先の方々です」
「そうだ。まず届け出を確認しよう」
担当者たちは役割を分け、運送業者の帳簿、橋の通行記録、倉庫の受領印を照合することになった。
ひとりの推測では届かない場所に、複数の目を向ける。
王宮の会議が終わると、若い役人は廊下で立ち止まった。
先ほどは、皆の前で自分の意見を否定されたと思った。胸の奥に悔しさが残っている。
「納得がいかないかい」
背後から声をかけられ、役人は慌てて振り向いた。クラウスが一人で歩いてきたところだった。
「い、いえ。そのようなことは」
「違う意見が出るのは悪いことじゃない。君が急いで確かめたかった理由を聞きたい」
役人は口ごもったあと、北方に住む親族の話をした。輸送が止まれば、冬支度の遅れる村がある。だから一刻も早く動きたかったのだと。
「そうか。大切な理由だね」
クラウスは頷いた。
「ならば、その人たちを守るためにも、誤った相手を罰してはいけない。調査と支援は、同時に進めよう」
役人の表情が変わった。
「……はい。現地の不足品も調べます」
「頼むよ」
窓の外では雲が薄くなり、濡れた石畳に午後の光が差していた。
急ぐ気持ちは間違いではない。ただ、その急ぎ方を選ぶ必要がある。
役人は手帳を開き、新しい項目を書き足した。
学院でも、エレナたちは小さな問題に向き合っていた。
次の合同訓練に向けた道具が、予定の倉庫から別の部屋へ移されていたのだ。
「また記録が違うの?」
フィオナが首を傾げた。
「今回はただの整理かもしれない」
ルシアンが言う。
「でも、確認しておいたほうがいいよね」
エレナは頷いた。
七人が手分けを決めた翌日、訓練場の片隅で小さな鐘を三か所に置いた防衛演習を使った連携稽古が始まった。
「今日も全力でいい?」
「木剣と通常魔法だけ。あと、周りを見て」
ルシアンが先に念を押すと、エレナは「分かってるって」と笑った。互いの担当を信じるための連携を磨く。けれど、焦るといつもの間合いに戻ってしまうことも、二人は知っている。
敵役が動いた。エレナが前衛で足止めし、ルシアンが風で奥の鐘の揺れを知らせ、アレクシスが《金剛》の盾で横の鐘を守る。踏み込んだ足の下で小石が鳴り、乾いた木の衝突音が続く。エレナは追撃できる距離にいたが、あえて止まった。後ろの仲間が通り抜けるまで、剣先を低く保つ。
「……今、止まってくれたんだね」
「うん。私だけ先に行っても、みんなが困るから」
ルシアンは小さく頷き、魔法を解いた。フィオナが「守る場所が分かると走らなくて済む」と言う。エレナは木剣を鞘へ戻し、次の課題を尋ねる。その声はいつもどおり明るかったが、相手の返事を待つ余裕があった。
七人――エレナ、ルシアン、アレクシス、セレスティーヌ、ミレイユ、ノエル、フィオナ――は、それぞれできることを引き受けた。
ミレイユは備品の数を確かめ、フィオナは搬入記録を調べる。ノエルは薬品や壊れやすい道具の保管状態を見る。ルシアンは訓練計画を調整し、アレクシスは安全な配置を考える。
「私は?」
エレナが期待に満ちた顔をする。
「重い箱を運ぶ係」
ルシアンが答えた。
「やった!」
「そんなに嬉しいの?」
セレスティーヌが笑う。
「だって役に立てるから!」
そのまっすぐな言葉に、彼女は胸が温かくなった。
けれど、実際に箱を持ち上げようとしたエレナを、ノエルが止めた。
「待って。中身を確認してから」
「あっ、そうだった」
箱には割れやすい魔法器具が入っていた。
エレナは苦笑し、今度は両手で慎重に運んだ。
片づけが終わるころには、道具の移動が教官の指示だったと分かった。掲示の更新が遅れただけだったのだ。
「事件じゃなくてよかったね」
エレナが言う。
「事件でなくても、確認する意味はあったわ」
ミレイユは備品表を閉じた。
セレスティーヌは自分が書いた確認欄を見た。名前を残すことは、以前なら怖かった。間違えたときに責められると思っていたからだ。
今は、何を確かめたかを示すことが、次の人を助けると分かる。
その夜、王宮では荷馬車の届け先変更が、橋の通行止めに伴う一時保管だったと確認された。
ただし、受領印の一つだけが登録簿と一致しなかった。
「すべてを疑う必要はない。けれど、この一つは確かめたい」
クラウスは側近に告げた。
少し離れた侯爵邸では、ハインリヒが同じ受領印の報告を受けていた。
「……その印が残ったのか」
彼の声は低かった。
初めて、計画の外にある誰かの手が、紙の端へ届いた。




