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第8話 川下の街へ

屋敷を出てから、三日が経った。


 俺とリナは、川沿いに続く街道を歩いていた。


「レオン様、お疲れではありませんか?」


「大丈夫。まだ歩けるよ」


「そうですか」


 リナはそう言いながらも、俺の歩く速度に合わせてくれている。


 旅に出る前は、もっと大変なものだと思っていた。


 けれど、こうして歩いてみると意外と楽しい。


 知らない景色。


 知らない道。


 時々見かける農村。


 屋敷で暮らしていた頃には、見ることのできなかったものばかりだった。


「リナ」


「はい?」


「川下の街って、どんなところなの?」


「私も行ったことはありません」


「そうなの?」


「はい。私はレオン様のお世話をすることが仕事でしたから」


 リナは少し笑う。


「ですので、私も楽しみにしております」


「そっか」


 俺たちはしばらく歩いた。


 やがて、遠くに大きな川が見えてきた。


「……すごい」


 川幅が広い。


 屋敷の近くを流れていた小川とは比べものにならない。


 川には何隻もの船が浮かんでいる。


 荷物を積んだ船が、ゆっくりと下流へ進んでいく。


「もうすぐですね」


「うん」


 俺の足取りが自然と速くなる。


「レオン様、走らないでください」


「分かってるって」


「本当に分かっておりますか?」


「……たぶん」


「もう」


 リナが小さく笑った。


 さらに進むと、街を囲む大きな壁が見えてきた。


 門の前には多くの人が並んでいる。


 商人。


 旅人。


 農民。


 冒険者らしき人たち。


 様々な人間が行き交っている。


「ここが川下の街……」


「はい」


 俺は門を見上げた。


 初めて見る大きな街だった。


「身分証を」


 門番に声をかけられる。


「はい」


 俺は父上から渡された身分証を差し出した。


 門番はそれを見ると、少し驚いた顔をした。


「アストレア家の……?」


「はい。レオン・アストレアです」


「失礼いたしました」


 門番はすぐに姿勢を正した。


「どうぞお通りください」


「ありがとうございます」


 門を抜ける。


 その瞬間、街の喧騒が一気に押し寄せてきた。


「いらっしゃい!」


「新鮮な魚だよ!」


「荷物なら任せてくれ!」


「今日の宿は空いてるよ!」


 様々な声が飛び交っている。


「すごい……」


 俺は思わず立ち止まった。


「屋敷の中とは全然違う」


「そうですね」


 リナも周囲を見渡している。


「まず宿を探しましょうか?」


「うん。そのあと街を見て回りたい」


「かしこまりました」


 俺たちは大通りを歩き始めた。


 すると、少し先に大きな建物が見えてきた。


 剣と盾の描かれた看板。


「冒険者ギルドだ」


 俺は足を止めた。


「入ってみる?」


「登録なさるおつもりですか?」


「いや、今は見るだけ」


 俺は建物を眺める。


 中からは人の話し声が聞こえてくる。


 冒険者。


 それも、俺にはまだ知らない世界の一つだ。


「レオン様」


「ん?」


「旅の目的を忘れてはいけませんよ」


「分かってる」


 俺は苦笑した。


「まずは宿だね」


「はい」


 俺たちはギルドを横目に通り過ぎる。


 しばらく歩いていると、川沿いに小さな宿を見つけた。


「ここにしましょうか」


「うん」


 中へ入ると、年配の女性が出迎えてくれた。


「いらっしゃい。二人かい?」


「はい」


「部屋は一つでいいかい?」


 俺は少し固まった。


「……え?」


 隣を見る。


 リナも少し驚いた顔をしている。


「あ、いえ!」


 リナが慌てて答える。


「二部屋でお願いします!」


「はいはい」


 女性は笑いながら鍵を取り出した。


「空いてるから好きな方を使いな」


「ありがとうございます」


 俺は鍵を受け取った。


 なんだか少し疲れた。


 旅というのは、思ったより大変だ。


 けれど――。


 部屋の窓から見える川を眺めながら、俺は笑った。


 ここから、俺の旅が本格的に始まる。


 知らない人。


 知らない仕事。


 知らない役職。


 そして、《チャット》。


 これからどんな人と出会うのか。


 俺は少しだけ楽しみになっていた。

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