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第7話 旅立ち

 十歳の誕生日を迎えてから、数か月が経った。


 俺は自室で荷物をまとめていた。


 服。


 食料。


 簡単な薬。


 それから、父上から渡された短剣。


 旅に必要なものを一つずつ確認していく。


「レオン様、本当にこれだけでよろしいのですか?」


 隣で荷物を確認していたリナが尋ねる。


「うん。あまり持ちすぎても動きにくいし」


「ですが、旅に出るのでしょう?」


「だからこそだよ」


 俺は最後に小さな袋を鞄へ入れた。


「これで大丈夫」


 今日は、俺がこの家を出る日だった。


 突然決まったわけではない。


 父上とは何度も話し合った。


 俺は自分が無職であること。


 このまま何もせず屋敷で暮らしていれば、いずれ周囲から「無職の貴族」として扱われること。


 そして、俺自身がもっと広い世界を見たいと思っていること。


 全部話した。


 父上は最初こそ心配していた。


 それでも最後には、俺の意思を尊重してくれた。


「レオン」


 部屋の扉から父上が入ってきた。


「準備はできたか?」


「はい、父上」


「そうか」


 父上は俺の荷物を見る。


「本当に行くのだな」


「はい」


「……寂しくなるな」


 その言葉に、俺は少し驚いた。


 父上はいつも堂々としている。


 そんな父上が、寂しいと言う。


「僕も寂しいです」


「そうか」


 父上は笑った。


「だが、それ以上に嬉しくもある」


「嬉しい?」


「お前が自分で決めた道を歩こうとしていることをな」


 俺は黙って父上を見る。


「レオン」


「はい」


「お前は無職だ」


「……はい」


「この世界では、それだけで人から軽く見られることもある。貴族ならなおさらだ」


 父上の表情が少し険しくなる。


「だが、それでお前自身の価値が決まるわけではない」


「……」


「私はそう思っている」


 俺は胸が熱くなった。


「ありがとうございます、父上」


「礼などいらん」


 父上は俺の肩に手を置いた。


「ただし、無茶だけはするな」


「分かりました」


「それと、困ったときは必ず頼れ」


「はい」


「手紙も送れ」


「分かりました」


 父上は満足そうに頷いた。


 その後ろから、母上も姿を見せた。


「レオン」


「母上」


「……本当に行ってしまうのですね」


「はい」


 母上は少し寂しそうに笑った。


「あなたが無職だと分かったときから、私はずっと……」


「母上」


 俺は母上の言葉を遮った。


「僕は母上を責めていません」


 母上は目を見開く。


「だって、母上が悪いわけじゃないでしょう?」


「……レオン」


「僕は僕です」


 母上はしばらく黙っていた。


 そして、俺を抱きしめた。


「……優しい子ですね」


「母上に似たんですよ」


「ふふ……それなら、少しは胸を張れますね」


 しばらくして、俺たちは屋敷の玄関へ向かった。


 そこにはリナが待っている。


 今日から、俺とリナの二人旅が始まる。


 俺たちが門へ向かおうとしたとき、父上がリナを呼び止めた。


「リナ」


「はい、旦那様」


 リナは姿勢を正す。


 父上はしばらくリナを見つめた。


「これまでレオンの世話をしてくれたこと、心から感謝している」


「もったいなきお言葉です」


「これから先、レオンを頼む」


「……はい」


 リナは深く頭を下げる。


「この身に代えましても、レオン様をお守りいたします」


「そこまで気負う必要はない」


 父上は僅かに笑った。


「だが、レオンはまだ十歳だ。未熟なところも多い。どうか、支えてやってほしい」


「かしこまりました」


 今度は母上がリナの前へ進み出た。


「リナ」


「奥様」


「あなたには、レオンが幼い頃からずっと面倒を見てもらいましたね」


「はい」


「これからも……あの子をよろしくお願いします」


 母上の声は少し震えていた。


「はい。お任せください」


 リナは深々と頭を下げた。


「必ずレオン様のお力になります」


「ありがとう」


 母上は優しく微笑んだ。


 そして俺たちは、ついに屋敷の門前へ出た。


 父上は俺の前に立つ。


 さっきまでの父親としての柔らかな表情は消えていた。


 そこに立っていたのは、この領地を治める貴族としての父上だった。


 背筋を伸ばし、堂々と俺を見据えている。


「レオン」


「はい」


「今日より、お前は自らの足で歩け」


「はい」


「旅の途中、困難に遭うこともあるだろう。己の無力さを思い知ることもあるかもしれん」


 父上の声が、朝の庭に響く。


「だが、決して己を卑下するな」


「……はい」


「役職は、人の生き方を定めるものではある。だが、人間の価値まで定めるものではない」


 俺は父上の目をまっすぐ見る。


「自らの行いで、自らの価値を示せ」


「承知しました」


 父上は静かに頷いた。


「よろしい」


 そして、父上は一歩下がる。


「行け、レオン」


 威厳のある声だった。


「己の目で世界を見てこい」


「はい!」


 俺は深く頭を下げた。


「行ってまいります、父上!」


 顔を上げる。


 父上は堂々と立っていた。


 その隣では、母上が涙を浮かべながら微笑んでいる。


 リナも俺の隣に並んだ。


「行こう、リナ」


「はい、レオン様」


 俺たちは歩き出した。


 門を抜ける。


 振り返ると、父上と母上がまだそこに立っていた。


 俺はもう一度だけ頭を下げる。


 そして、前を向いた。


 街道の先には、まだ見たことのない世界が広がっている。


 俺とリナ。


 二人だけの旅が、こうして始まった。

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