第6話 《チャット》の本当の力
翌朝。
目を覚ました俺は、昨日のことを思い出していた。
母上の過去。
無職という役職に対する、この世界の厳しい価値観。
そして――《チャット》。
この力について、まだ分からないことは多い。
だからこそ、今日はもう少し詳しく調べてみることにした。
「レオン様、おはようございます」
部屋の扉が開き、リナが入ってくる。
「おはよう、リナ」
「本日は少し早いお目覚めですね」
「うん。ちょっと試したいことがあって」
「何をなさるのですか?」
「《チャット》について調べるんだ」
「承知いたしました」
朝食を済ませた俺は、リナと一緒に庭へ向かった。
庭のベンチに腰掛ける。
「リナ。少しの間、俺に何があっても気にしないで」
「……かしこまりました」
俺は頷いた。
そして《チャット》を発動する。
《ユニークスキル:チャット》
使用可能回数:10/10
その瞬間――。
世界から音が消えた。
風で揺れていた木の葉も。
空を飛んでいた鳥も。
目の前にいるリナも。
すべてが完全に止まっている。
俺は目の前で手を振ってみる。
反応はない。
どうやらチャットを始めた瞬間、現実世界との一切の干渉がなくなるらしい。
そして目の前に文字が浮かんだ。
《チャットを開始します》
対象:リナ
対象人格を反映しています……
開始します。
景色が変わった。
気がつけば、俺は白い空間に立っていた。
目の前にはリナがいる。
周囲には何もない。
俺とリナだけだ。
これがチャットの中なのだろう。
俺はまず、気になっていたことを聞く。
「ここでは俺たち二人だけで話せるみたいだな」
使用可能回数:9/10
「そうなのですか? 不思議な場所ですね」
返答では回数は減らない。
やはり、俺が話しかけたときだけ減るようだ。
俺は次の言葉を口にする。
「リナは俺のことをどう思ってる?」
使用可能回数:8/10
「突然どうなさったのですか?」
「そうですね……昔からお世話をしておりますから、とても大切な方だと思っております」
やっぱり本人らしい。
俺は少し考えてから、次の質問をする。
「俺と一緒に旅をするとしたら、どう思う?」
使用可能回数:7/10
「旅、ですか?」
「私はレオン様のお世話係ですから、どこへ行かれるとしてもお供するつもりです」
俺は少し嬉しくなった。
「危険な場所でも?」
使用可能回数:6/10
「……できれば危険な場所には行っていただきたくありません」
「ですが、レオン様がお一人で行かれる方が、私は心配です」
リナらしい答えだ。
俺はさらに聞く。
「じゃあ、俺が旅に出るならついてきてくれる?」
使用可能回数:5/10
「はい」
「レオン様がお望みなら、どこへでもお供いたします」
残り五回。
まだ聞きたいことはある。
「旅に出たら、何をしてみたい?」
使用可能回数:4/10
「そうですね……」
「私は今まで、この屋敷の外へ出る機会があまりありませんでしたから、色々な街を見てみたいです」
「それから、レオン様と一緒に美味しいものを食べてみたいです」
思わず笑ってしまう。
「美味しいものか」
使用可能回数:3/10
「そんなのでいいの?」
「そんなもの、ではありません」
「私にとっては、レオン様と一緒に経験することが大切なのです」
俺は少し黙った。
なんだか照れくさい。
残り三回。
まだ二回は話せる。
「……ありがとう」
使用可能回数:2/10
「こちらこそ、ありがとうございます」
俺はリナを見た。
あと二回。
最後に聞いておきたいことがある。
「リナは、これからも俺のそばにいてくれる?」
使用可能回数:1/10
リナは少し考えてから答えた。
「はい」
「私は、レオン様のお側にいたいと思っています」
俺はその言葉をじっと見つめた。
残り一回。
まだ話しかけることはできる。
だが、今日はこれで十分だ。
俺はチャットを終了した。
白い空間が消えていく。
そして――。
俺は庭へ戻った。
風が吹いている。
鳥が鳴いている。
目の前には、チャットを始める前と全く同じ姿勢のリナがいる。
まるで、俺がチャットを始めてから一瞬も時間が経っていないようだった。
そして、新しい表示が現れる。
《チャット内容を現実へ反映できます》
さっきまでの会話が表示されている。
俺はそれを一つずつ読み返した。
リナの言葉。
俺の言葉。
その一つ一つを確認していく。
途中には、俺が軽い冗談で言った言葉もある。
「……これはいらないな」
俺はその部分を取り消した。
そして、リナが俺と旅をすることについて話した部分を見る。
「これは残そう」
さらに最後の言葉。
――私は、レオン様のお側にいたいと思っています。
「……これも残す」
必要だと思った部分だけを残す。
それ以外は取り消す。
《選択した会話内容を現実へ反映します》
文字が消えた。
そして、目の前のリナがゆっくりと瞬きをする。
「……レオン様?」
「どうした?」
「いえ……」
リナは少し不思議そうに俺を見る。
「なんだか、レオン様と一緒にいたいという気持ちが、前より強くなったような気がいたしまして」
俺は何も言わず、笑った。
成功した。
チャットの中で生まれたものが、現実に反映された。
ただし、全部ではない。
俺が選んだものだけだ。
この力は、相手の心を好き勝手に変える力ではない。
相手と会話する。
相手の考えを知る。
そして、自分がどう話せば相手にどう伝わるのかを考える。
最後に、その結果から現実へ持っていくものを自分で選ぶ。
「……面白い力だな」
「レオン様?」
「何でもないよ」
俺は空を見上げた。
剣も魔法もない。
役職は《無職》。
この世界の価値観では、俺は何も持っていない人間だ。
けれど。
俺には、この力がある。
人と話す。
相手を知る。
そして、自分で選ぶ。
それなら、俺にもできることがあるかもしれない。
「もっと色んな人と話してみたいな」
「はい。私も楽しみです」
リナが微笑む。
俺も笑った。
残りの使用可能回数は一回。
今日はもう、これ以上話しかける必要はない。
明日になれば、また十回使える。
そう思いながら、俺は庭を歩き始めた。
まだ十歳。
今は何も知らない。
けれど、いつかきっとこの力が俺の人生を大きく変えることになる。




