45話
俺たちは男を連れて、地下から地上へ戻った。
男は何度か逃げようとしたが、そのたびにリナに止められている。
無理に抵抗する様子はなくなった。
ただ、ずっと何かを気にしている。
「さっきから何を見てる?」
「……別に」
「嘘だな」
俺がそう言うと、男は黙り込んだ。
建物を出る。
外はもう夕方になっていた。
「街まで連れていく」
「……」
男は何も答えない。
俺たちは森を抜け、南門へ向かった。
その途中。
リナが突然、足を止めた。
「レオン様」
「どうした?」
「後ろから何か来ます」
俺も振り返る。
森の中は静かだ。
風で木々が揺れているだけ。
「何か見えるか?」
「まだ姿はありません」
リナが男を見る。
「あなた、何か知っていますね?」
「……知らない」
「では、なぜ怯えているんですか?」
「怯えてなんか……」
男の声が震えている。
俺は少し考えた。
こいつが森にいた理由。
地下施設。
黒い石。
そして、今の反応。
「もしかして、あの場所に誰か来るのか?」
男が黙った。
それだけで十分だった。
「……来るんだな」
「違う」
「じゃあ、何なんだ?」
男は答えない。
そのときだった。
森の奥から、枝の折れる音がした。
パキッ。
続いて、もう一度。
パキッ。
何かが近づいている。
リナが短剣に手を添える。
「数は?」
「……一人です」
「一人?」
「はい」
俺も森の奥を見る。
しばらくすると、人影が現れた。
黒い服を着た人物。
顔はフードで隠れている。
こちらを見ている。
「……」
誰も動かない。
俺は《チャット》を試す。
――接続できない。
「敵意がある」
俺が呟いた瞬間。
黒い人物が動いた。
速い。
だが、リナのほうが早かった。
リナが一歩前に出る。
短剣を抜く。
金属音が響いた。
黒い人物の手にあった刃物が弾かれる。
「……!」
相手が後ろへ飛ぶ。
リナは追わない。
男を守る位置を維持している。
「レオン様、下がってください」
「ああ」
黒い人物は俺たちを見たあと、地下施設の方向へ視線を向けた。
そして、何かを確認するように一瞬だけ立ち止まる。
「何を見てる?」
俺が問いかける。
返事はない。
次の瞬間。
黒い人物は森の奥へ走り出した。
「追いますか?」
リナが聞く。
俺は少し考える。
追えば、こいつの正体を知ることができるかもしれない。
でも、今は男もいる。
それに、地下施設について何も分かっていない。
「いや」
俺は首を横に振った。
「今はこいつを連れて帰る」
「分かりました」
リナが男を見る。
「歩けますね?」
「あ、ああ……」
男は明らかに動揺していた。
俺は森の奥を見る。
黒い人物の姿は、もう見えない。
だが、これで一つ分かった。
あの地下施設は、誰にも知られていない場所ではない。
少なくとも、あそこを気にしている人間がいる。
そして、俺たちがそこへ入ったことも――。
知られてしまった可能性が高い。
俺は歩きながら、ポケットの中にある黒い石を握った。
すると。
――ピッ。
「……」
また聞こえた。
俺は何も言わず、石を握り直す。
今までとは少し違う。
今回は、音が鳴った直後に妙な感覚があった。
まるで何かが、俺の存在を確認したような。
「……気のせいか?」
「どうしました?」
「いや、何でもない」
まだ分からない。
だから今は考えるだけにしておく。
まずは、この男から話を聞く。
そして、地下施設で何をしていたのか。
それを知る必要がある。
南門が見えてきた。
俺たちは街へ戻った。
森の事件は、ようやく少しずつ形を見せ始めていた。




