44話
俺は黒い石を扉の中央に近づけた。
すると――。
カチッ。
「……!」
小さな音がした。
扉に刻まれていた溝が淡く光る。
黒い石が、まるで吸い込まれるように溝へ収まった。
「やっぱり鍵だったのか」
「そのようですね」
リナが周囲を警戒する。
俺は扉に手をかけた。
ゆっくりと押す。
ギィィ……。
古びた音を立てながら、扉が開いた。
中は暗い。
外から見える範囲には、何もない。
「罠の可能性は?」
「今のところ、気配はありません」
「分かった」
俺が先に入ろうとすると、リナが前に出た。
「私が先に行きます」
「頼む」
リナが中へ入る。
少し待ってから、俺も続いた。
建物の中は思ったより広かった。
壁には古い灯具が並んでいる。
しかし、火はついていない。
「何かあります」
リナが奥を指差す。
そこにはいくつかの木箱が置かれていた。
近づいて確認する。
中には――何もない。
「空っぽか」
「こちらもです」
別の箱も確認する。
やはり何も入っていない。
誰かが運び出したのか。
それとも、最初から何も入っていなかったのか。
判断できない。
「レオン様」
「どうした?」
「こちらを」
リナの足元を見る。
床に細い傷がいくつも残っている。
何か重いものを引きずったような跡だ。
「これ、奥まで続いてます」
俺たちは跡を追う。
建物の奥には、地下へ続く階段があった。
「また地下か……」
嫌な予感がする。
昨日も地下通路を見つけた。
その先には森へ繋がる出口があった。
そして今度は、森の中にある建物の地下。
「行きますか?」
「……行こう」
階段を下りる。
一段。
また一段。
地下はかなり深い。
しばらく進むと、通路の先に明かりが見えた。
「誰かいる?」
「分かりません」
リナが足を止める。
耳を澄ませる。
「音がします」
小さな金属音。
カチャ、カチャ、と何かを動かしているような音だ。
俺たちは慎重に進む。
角を曲がる。
そこには、一人の男がいた。
机の前で何かを作業している。
男はこちらに気づいていない。
俺は《チャット》を使おうとする。
――接続できない。
「……敵意がある」
小声で呟く。
リナもすぐに臨戦態勢に入った。
男が振り返る。
「誰だ!」
手にしていた道具を落とす。
「それはこっちの台詞だ」
男は一瞬こちらを見た。
そして、逃げようとする。
「リナ!」
「はい!」
リナが一瞬で距離を詰める。
男の前に回り込み、退路を塞ぐ。
「動かないでください」
「くっ……!」
男が腰の短剣に手を伸ばす。
だが、その手をリナが押さえた。
「無駄です」
男は動きを止める。
俺は周囲を見る。
机の上には、黒い石と似た材質の欠片がいくつか並んでいた。
「……これを作っていたのか?」
「知らない!」
「じゃあ、何をしていた?」
「何もしてない!」
明らかに怪しい。
だが、ここで無理に聞き出しても仕方がない。
俺は机の上にあるものを一つずつ確認する。
黒い石の欠片。
金属製の細い部品。
そして――見覚えのある文字が刻まれた板。
「……これ」
石碑で一瞬だけ見えたものと、似ている。
だが、同じ文字なのかは分からない。
俺が板に触れようとした、その瞬間。
――ピッ。
また、あの音が聞こえた。
「……」
今回は何も浮かばない。
ただ、《チャット》が反応した。
俺は手を止めた。
この場所にあるものと、俺の能力。
やはり何か関係しているのかもしれない。
でも、今は目の前の男を放っておくわけにはいかない。
「リナ」
「はい」
「この人を連れて帰ろう」
「分かりました」
男の顔が青ざめる。
「待て!」
「何だ?」
「ここから出たら……」
男が言葉を止める。
「……何?」
「いや……何でもない」
その反応が、かえって気になった。
俺たちは男を連れて、地下施設を出ることにした。
しかし。
この場所にあったものが何なのか。
それを知るのは、まだ少し先になりそうだった。




