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40話

男が地下室の奥へ歩いていく。


 俺は棚の陰から、その姿を追っていた。


 何をするつもりなのか。


 それだけを見極める。


 男は壁際まで進むと、持っていた小さな袋を棚の上に置いた。


 そして、周囲を確認する。


「……」


 誰かを警戒している。


 俺たちがいることには、まだ気づいていない。


 男は袋の中から黒い石を取り出した。


 昨日、カイルの部屋で見つけたものとよく似ている。


 男はそれを、壁にある小さなくぼみに置いた。


 すると――。


 カチッ。


 小さな音がした。


 俺は目を細める。


 壁の一部がゆっくりと動いた。


 隠し扉。


 その先には、さらに奥へ続く通路がある。


「……まだ奥があるのか」


 思わず小さく呟いてしまった。


 男が振り返る。


「誰だ!」


 しまった。


 男がこちらへ向かってくる。


「リナ!」


「はい!」


 俺たちは棚の陰から飛び出した。


 男が腰の武器に手を伸ばす。


「お前たち……!」


 昨日の夜に会った男だった。


「やっぱりお前か」


「何の用だ!」


「それはこっちの台詞だ」


 俺は男を見る。


 《チャット》を使おうとする。


 だが――。


 接続できない。


 やはり敵意がある。


「リナ」


「分かっています」


 リナが一歩前へ出る。


 その瞬間、男が短剣を抜いた。


「っ!」


 鋭い一撃。


 リナはそれを難なく避ける。


 男が続けて斬り込む。


 だが、リナは身体を僅かにずらすだけで攻撃をかわしていく。


 【死影】になってからのリナは、以前とは明らかに違う。


 動きが速い。


 それだけじゃない。


 相手が次にどこへ動くのか、その気配を読んでいる。


 男が一歩下がった。


「なんだ……こいつ」


「リナ、無理に倒さなくていい」


「はい」


 俺は周囲を見る。


 ここで大きな戦闘をすれば、地上にいる仲間に気づかれる可能性がある。


 それに、まだ知りたいことがある。


「お前たちは何をしている?」


「……」


「行方不明になった冒険者と関係があるのか?」


 男は答えない。


「カイルもここに来ていた」


 男の表情が僅かに変わった。


 その反応だけで十分だった。


「やっぱり知ってるんだな」


「……何も知らない」


「嘘だろ」


 男が再び構える。


 だが、その瞬間。


 地下室の奥から別の音がした。


 ガタン。


 男が振り返る。


「……まずい」


 小さく呟いた。


 俺はその言葉を聞き逃さなかった。


 男が奥の通路へ走り出す。


「逃がしません!」


 リナが追おうとする。


「待て!」


 俺も後を追う。


 隠し扉を抜けると、狭い通路が続いていた。


 男の姿が先に見える。


 だが、突然その姿が消えた。


「……どこへ?」


 俺は足を止める。


 目の前には左右に分かれた道がある。


 リナが周囲を確認する。


「右です」


「分かるのか?」


「足音がします」


 俺たちは右へ進む。


 しばらく走ると、通路の先に小さな部屋があった。


 だが、そこには誰もいない。


「……逃げられた?」


 俺は部屋を見回す。


 出口は一つしかない。


 なのに男はいない。


「どこへ……」


 リナが壁を見る。


「レオン様」


「ん?」


「あそこ」


 壁の一部に、薄い線が入っている。


 隠し扉。


 俺が近づいて調べる。


 だが、開け方が分からない。


「さっきの石か?」


 俺はポケットに入れていた黒い石を取り出す。


 カイルの部屋にあったものだ。


 試しに壁のくぼみに近づける。


 ――カチッ。


 扉が開いた。


「……これで開くのか」


 奥には短い階段があった。


 上へ続いている。


 階段を上る。


 そして地上へ出た。


 そこは森の中だった。


「ここに繋がっていたのか」


 俺は周囲を見る。


 さっきまでいた建物から、かなり離れている。


 男はもう見えない。


「逃げられましたね」


「ああ」


 俺は悔しさを感じながらも、周囲を見回した。


 だが。


 何かがおかしい。


 俺は足元に目を向けた。


 地面に、いくつもの足跡がある。


 建物へ向かうもの。


 森の奥へ向かうもの。


 そして、その中には新しい足跡も混ざっていた。


「リナ」


「はい」


「ここ、最近かなり人が通ってる」


「……そうですね」


 俺は足跡を追う。


 森の奥へ続いている。


 その先には、昨日まで知らなかった場所があるのかもしれない。


 だが、今は追わない。


「今日は戻ろう」


「よろしいのですか?」


「ああ」


 男を逃がしたのは痛い。


 でも、収穫はあった。


 行方不明者たちとこの建物が関係している可能性。


 カイルがこの場所を調べていたこと。


 そして、あの黒い石が隠し扉を開ける鍵になっていたこと。


 まだ分からないことだらけだ。


 それでも、少しずつ繋がってきている。


 俺は黒い石を握った。


 その瞬間。


 頭の中に、聞き慣れない音が響いた。


 ――ピッ。


「……?」


 俺は思わず立ち止まる。


「どうしました?」


「いや……」


 今のは何だ?


 周囲を見回す。


 何もない。


 リナも何も感じていないようだ。


 もう一度、石を見る。


 ただの黒い石にしか見えない。


「……気のせいか」


 俺は石をしまった。


 まだ、この石について分からないことが多すぎる。


 それに、今の音が何だったのかも。


 俺たちは森を抜け、街へ戻ることにした。


 その頃には、空が少しずつ赤く染まり始めていた。


 今日はこれ以上、無理に動く必要はない。


 明日になれば、今日見つけたものを整理できる。


 そして。


 あの森の奥に何があるのか。


 それを調べる必要がある。


 俺は歩きながら、ポケットの中の黒い石を一度だけ確認した。


 何も変化はない。


 ただ、なぜか。


 この石を手に入れてから、頭の片隅に小さな違和感が残っていた。

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