39話
俺は紙を見つめたまま、しばらく動けなかった。
その下には、何も書かれていない。
ただの書きかけなのかもしれない。
それでも、ここに並んでいる名前を見れば、そんな簡単な話には思えなかった。
「この紙、持って帰る?」
リナが尋ねる。
「いや」
俺は首を横に振った。
「持って帰ったら、ここに来たことが知られるかもしれない」
「分かりました」
紙を元の場所へ戻す。
そのとき、俺は別のことに気づいた。
「……待て」
「どうしました?」
紙の端に、小さな数字が書かれている。
名前の横に、それぞれ違う数字が付いている。
一。
二。
三。
五。
数字が順番に並んでいるわけではない。
いくつか飛んでいる。
「これ、人数を数えてるのか?」
「昨日の会話と関係があるかもしれません」
「ああ」
俺は紙を眺める。
行方不明者の名前。
カイルの名前。
そして、数字。
だが、数字の意味までは分からない。
「他の部屋も見よう」
「はい」
俺たちは建物の奥へ進んだ。
一つ目の部屋には何もない。
二つ目も同じ。
三つ目の部屋に入ったところで、リナが足を止めた。
「……ここ」
「何かある?」
「床に跡があります」
見ると、床に何本か擦れた跡がある。
机か何かを動かしたようだ。
「最近動かしたのか?」
「そう見えます」
俺たちは床の跡を辿った。
その先には大きな棚がある。
「これか」
棚を確認する。
かなり重い。
だが、床には動かした跡が残っている。
「動かしてみる?」
「はい」
二人で棚を少し押す。
すると――。
ゴトッ。
棚が横へずれた。
その後ろに、壁がある。
ただの壁に見える。
「何もない?」
俺が近づいた瞬間。
リナが俺の腕を掴んだ。
「待ってください」
「どうした?」
「この壁……」
リナが壁に手を近づける。
「隙間があります」
よく見る。
確かに、壁の一部に細い線が入っている。
扉だ。
「隠し扉か」
俺は慎重に調べる。
取っ手はない。
押しても動かない。
しばらく探していると、壁の端に小さな窪みを見つけた。
「これか?」
指を入れる。
すると、カチッと小さな音がした。
壁がゆっくり動く。
その先には、細い階段が続いていた。
「地下……?」
「みたいですね」
階段の先は暗くて見えない。
俺は少し迷った。
ここまで来た以上、確認したい。
だが、昨日の男が敵意を持っていたことを思い出す。
「慎重に行こう」
「はい」
俺たちは階段を下りていく。
十段。
二十段。
さらに下へ。
建物の大きさから考えると、かなり深い。
やがて、階段が終わった。
目の前に広がっていたのは、小さな地下室だった。
壁には棚が並んでいる。
棚の中には、何かの瓶や袋が置かれている。
「これは……?」
俺は近くの棚を見る。
見たことのない黒い粉が入った小瓶。
別の棚には、細長い布。
そして、その隣には――。
「……これ」
俺は一枚の布を手に取った。
見覚えがある。
南の森で拾ったものと同じような布だ。
「失踪者の持ち物でしょうか」
「分からない」
だが、この場所にある以上、無関係とは思えない。
さらに奥を見る。
壁に大きな紙が貼られていた。
そこには森の地図が描かれている。
俺は近づいた。
森の中に、いくつもの印がある。
そして、その中の一つに赤い線が引かれていた。
「……これ」
昨日の地図で見た場所とは違う。
森のさらに奥。
そこに、何かがある。
「ここを調べていたのか」
「可能性があります」
その瞬間だった。
階段の上から、かすかな音が聞こえた。
コツ。
足音。
俺とリナは同時に振り返る。
「……誰か来ました」
リナが小声で言う。
足音が一つ。
ゆっくりと階段を下りてくる。
俺は地図を元の場所へ戻した。
「隠れるぞ」
「はい」
近くの棚の陰へ身を隠す。
足音が近づく。
一段。
また一段。
そして――。
地下室へ、一人の男が姿を現した。
俺は息を潜めて、その男を見る。
昨夜、建物の中にいた男だった。
男は地下室を見回す。
そして、誰もいないと思ったのか、棚へ向かって歩き始めた。
俺は動かない。
リナも動かない。
男が棚から何かを取り出す。
その瞬間、男が呟いた。
「……次は、もう失敗するなよ」
俺はその言葉を聞き逃さなかった。
男は何かを持ったまま、地下室の奥へ歩いていく。
俺はリナを見る。
今なら、もう少し近くで確認できる。
だが――。
ここで動けば、見つかる可能性が高い。
俺は静かに息を吐いた。
まだだ。
もう少しだけ、様子を見る。




