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第4話 役職というもの

翌朝。


 俺はいつもより早く目を覚ました。


 窓から差し込む朝日を眺めながら、昨日のことを思い返す。


 ユニークスキル《チャット》。


 まだ分からないことだらけだ。


 けれど、一つだけ確かなことがある。


 この世界では、役職が人間の人生を大きく左右する。


 俺自身が《無職》になったことで、それを嫌というほど実感した。


「レオン様、お目覚めですか?」


 扉の向こうからリナの声がする。


「うん。入っていいよ」


「失礼いたします」


 リナが入ってくる。


 いつものように朝の支度を手伝ってくれる。


「今日は何かご予定がおありですか?」


「父上に話を聞こうと思ってる」


「役職について、でしょうか?」


「そう」


 俺は頷いた。


 昨日、父のチャットと話したことで、余計に興味が湧いた。


 この世界で役職がどれほど重要なのか。


 そして、なぜ無職がそこまで嫌われているのか。


 朝食を終えると、俺は父の執務室へ向かった。


「父上、少しよろしいでしょうか」


「もちろんだ。入りなさい」


 扉を開ける。


 父は机の上に大量の書類を広げていた。


「何か聞きたいことがあるのか?」


「はい。役職について教えていただきたいです」


「役職か」


 父は少し考えるような顔をした。


「いいだろう。お前ももう十歳だ。そろそろ知っておくべきことだな」


 父は椅子から立ち上がり、壁に掛けられた大きな地図の前へ移動した。


「この世界では、神授式によって授かった役職が、その者の人生を大きく左右する」


「やっぱり、そうなんですね」


「ああ。役職は単なる肩書きではない」


 父は指を一本立てた。


「仕事」


 次に二本目。


「収入」


 三本目。


「社会的な信用」


 そして四本目。


「場合によっては、身分そのものまで変わる」


 俺は黙って聞いていた。


「例えば騎士の役職を授かれば、軍に所属する道が開ける。魔術師なら魔術に関する職に就きやすい。聖職者なら教会で高い地位を得ることもできる」


「じゃあ、無職は?」


 父は一瞬だけ黙った。


「……何の役職にも就いていない以上、基本的には専門的な仕事に就くことが難しい」


「だから嫌われるんですか?」


「それだけではない」


 父は静かに答えた。


「役職は、その者がどのような人間なのかを判断する材料として使われているのだ」


「材料……」


「そうだ」


 父は俺を見る。


「優れた役職を持つ者は、それだけで期待される。逆に、何の役職も持たぬ者は、能力がないと判断されやすい」


 胸が少し重くなった。


「……それって、かなり酷くないですか?」


「私もそう思う」


 父は即答した。


「だが、それがこの世界の現実だ」


 父の言葉は重かった。


「特に貴族社会では、役職は身分と強く結びついている。高位の役職を持つ者が家を継ぐことを期待され、優れた役職を持つ者同士で婚姻が結ばれることも珍しくない」


「じゃあ、無職の貴族は?」


「非常に肩身が狭い」


 父は苦笑した。


「場合によっては、家から追い出されることすらある」


 俺は黙り込んだ。


 それが、昨日聞いた「勘当」ということなのだろう。


「では、父上も……」


「私か?」


「母上が無職だったとき、周囲から何か言われたんですか?」


 父は少しだけ遠い目をした。


「ああ。随分と言われたよ」


「それでも母上と?」


「当然だ」


 父は迷いなく答えた。


「エレナがどのような役職であろうと、私が彼女を愛していることに変わりはない」


「……」


「お前にも、そういう人間になってほしいと思っている」


「どういう意味ですか?」


「人を役職だけで判断するな、ということだ」


 俺はその言葉を胸に刻んだ。


「分かりました」


「よろしい」


 父は微笑む。


 そのとき、扉の向こうから小さな物音がした。


 誰かがいる。


「母上?」


 父が扉を開ける。


 そこには母が立っていた。


「エレナ……」


「ごめんなさい。盗み聞きするつもりはなかったの」


 母は申し訳なさそうに俯いた。


「ただ……」


 母の手が、小さく震えていた。


「レオンまで無職になったって聞いてから、ずっと考えていたの」


「母上……?」


「もしかしたら……私のせいなのかしら」


 俺は言葉を失った。


「私が無職だったから……私の役職が、レオンに遺伝してしまったんじゃないかって」


「エレナ」


 父が優しく呼びかける。


「そんなことを考えていたのか」


「だって……」


 母の目に涙が浮かぶ。


「私は昔から、無職だったことを何度も責められてきたわ」


「……」


「だから、レオンまで同じ役職になったのを見たら……私がこの子の未来まで奪ってしまったんじゃないかって……」


 俺は母の手を握った。


「母上」


「レオン……」


「母上のせいじゃないよ」


 俺ははっきりと言った。


「俺は母上を責めない」


「でも……」


「絶対に責めない」


 母は驚いたように俺を見る。


「だって、俺は母上に育ててもらったことを後悔してない」


「……」


「無職になったのが母上のせいだったとしても、俺が母上を嫌いになる理由にはならないよ」


 母の目から、涙が一粒こぼれた。


 父も母の肩に手を置く。


「私も同じだ」


「あなた……」


「役職が遺伝するのかどうかなど、今の我々には分からない」


 父は静かに言った。


「だが、仮に何か因果関係があったとしても、それでお前を責めることなどあり得ない」


「……本当に?」


「ああ」


 父は迷いなく答えた。


「私は、お前が無職だったから愛したのではない。無職だったから愛さなかったのでもない」


「……」


「お前がエレナだから、愛している」


 母は唇を噛みしめ、涙を拭った。


 俺は母の手を握ったまま言う。


「それに、俺はまだ何も決まってないよ」


「え?」


「無職だからって、何もできないって決まったわけじゃない」


 俺は胸の奥にある《チャット》を思い浮かべる。


「俺には俺の力がある」


「……そうね」


 母が少しだけ笑った。


「そうだったわね」


「だから、母上が自分を責める必要なんてないよ」


「……ありがとう、レオン」


 母は俺を抱きしめた。


 俺も母を抱きしめ返す。


 父はそんな俺たちを、静かに見守っていた。


 しばらくして、母は涙を拭いた。


「ごめんなさい。あなたたちの前で、弱いところを見せてしまったわね」


「謝る必要などない」


 父は微笑んだ。


「家族なのだからな」


 その言葉を聞いて、俺も笑った。


 無職。


 この世界では、人生を大きく左右するほど重い言葉だ。


 けれど、少なくともこの家では。


 その言葉だけで、誰かの価値が決まることはない。


 俺はそのことを、改めて心に刻んだ。


 そして――。


 いつか、この世界そのものがそう思えるようになったらいい。


 そんなことを、まだ十歳の俺はぼんやりと考えていた。

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