第3話 初めての実験
屋敷へ戻ったその日の夜。
俺は自分の部屋で、一人ベッドに腰掛けていた。
昼間に教会で授かったユニークスキル。
《チャット》。
あれから何度も考えたが、やはり気になる。
特に気になるのは、AIとの会話を現実に反映できるという部分だ。
俺はもう一度、スキルを発動させた。
《ユニークスキル:チャット》
使用可能回数:6/10
対象条件:使用者と敵対していない知性体
機能:対象の人格を反映したAIチャットを生成します。
チャット内で成立した内容は、使用者が選択した場合に限り現実へ反映できます。
現実への反映は、一部のみを選択することも可能です。
昼間にリナと話したことで、残りは六回。
一回話しかけるごとに一回消費する。
思ったより少ない。
試しに何人かと話していたら、あっという間に使い切ってしまいそうだ。
だからこそ、使う相手は慎重に選ばなければならない。
俺は対象一覧を開いた。
そこには、俺が知っている人間の名前が表示される。
アルベルト。
エレナ。
リナ。
そして、屋敷で働く使用人たち。
俺はその中から、父――アルベルトの名前を選択した。
すると、昼間と同じようにチャット画面が現れる。
《チャットを開始します》
対象:アルベルト・フォン・アストレア
対象人格を解析しています……
解析完了。
俺は少し考えた。
まずは、このスキルがどこまで本人の知識を再現できるのか確認してみたい。
そこで、一つ質問を入力した。
俺:この世界で、強い役職って何?
使用可能回数:5/10
すぐに返事が来た。
アルベルト:一概には言えぬな。
アルベルト:役職にはそれぞれ適した分野があり、単純な優劣だけでは語れない。
なるほど。
確かにそうだ。
剣士なら戦闘。
商人なら商売。
魔術師なら魔法。
役職には、それぞれの役割がある。
俺はさらに質問した。
俺:じゃあ、貴族にとって重要な役職は?
使用可能回数:4/10
アルベルト:騎士、魔術師、聖職者などは特に重視される。
アルベルト:だが、役職だけで人間の価値を決めるのは愚かなことだ。
アルベルト:実際には、その者の能力や人格、家柄なども関係する。
やっぱり父らしい。
俺は少し考えた。
そこで、昼間からずっと気になっていたことを聞く。
俺:母上が無職なのに、どうして父上は結婚したの?
使用可能回数:3/10
返事が来るまで、少し時間がかかった。
アルベルト:エレナは、私にとって最も大切な女性だからだ。
アルベルト:役職など、その気持ちを変える理由にはならなかった。
俺は画面を見つめる。
父が母を見るときの表情を思い出す。
なるほど。
理由なんて、それだけで十分なのかもしれない。
俺はチャットを閉じた。
残り三回。
まだ使い始めたばかりなのに、かなり減ってしまった。
だが、実験はできた。
このスキルは、対象となった人間の知識や人格をかなり正確に反映している。
ならば――。
俺は一つの可能性に気づいた。
もし、専門的な知識を持っている人間にチャットを使えば。
俺には知らない知識を、本人ならどう考えるかという形で聞けるのではないか。
例えば魔法。
剣術。
商売。
政治。
医学。
この世界には、俺の知らないことが山ほどある。
そして、それを知っている人間もいる。
その人間とチャットをすれば――。
俺は、一人で何人もの専門家に相談できるのと同じなのではないか。
「……これ、かなり凄いんじゃないか?」
思わず声が漏れた。
そのとき。
「レオン様?」
部屋の外から声が聞こえた。
リナだ。
「どうぞ」
扉が開く。
「失礼いたします」
リナが入ってきた。
「お飲み物をお持ちいたしました」
「ありがとう」
リナが机の上に飲み物を置く。
そして俺の顔を見た。
「何か良いことでもございましたか?」
「分かる?」
「はい。レオン様は何か考え事をしているとき、少しだけ目が輝きますので」
「……そんな癖あるのか」
「ございます」
リナは微笑んだ。
俺も笑う。
けれど、すぐに真面目な顔へ戻った。
「リナ」
「はい」
「昼間のチャットのことなんだけど」
「はい」
「この力、上手く使えば色々なことができそうなんだ」
「……そうですね」
リナは少し考える。
「レオン様なら、きっと上手に使いこなせると思います」
「そうかな」
「はい。レオン様は昔から、考えることがお好きでしたから」
「それは褒めてる?」
「もちろんでございます」
リナは微笑んだ。
俺はふと、彼女の顔を見る。
幼い頃からずっと一緒だった。
これからも、きっとそうなのだろう。
そんなことを考えていると――。
「レオン様」
「ん?」
「一つ、お願いがございます」
「何?」
「無理だけは、なさらないでくださいませ」
「……分かった」
「ありがとうございます」
リナは嬉しそうに微笑んだ。
その夜。
俺は机に向かいながら、これからのことを考えていた。
俺は無職だ。
この世界では、それだけで価値がないと思われることもある。
けれど。
俺には《チャット》がある。
この力があれば、無職という役職に関係なく、できることがあるかもしれない。
まだ十歳。
今すぐ何かを成し遂げる必要はない。
まずは、この力について知ること。
そして、自分自身も成長すること。
そうすれば、いつか――。
俺はこの世界で、自分にしかできないことを見つけられるかもしれない。
窓の外には、静かな夜空が広がっていた。




