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第35話 夜の森

 森の中へ入った男を、俺たちは一定の距離を保ちながら追っていた。


 夜の森は静かだった。


 昼間なら聞こえていた鳥の鳴き声もなく、聞こえてくるのは木々の葉が風に揺れる音くらいだ。


 足元に注意しながら、男の後ろ姿を追う。


 男は迷う様子がない。


 道らしい道もないのに、まっすぐ森の奥へ進んでいる。


「……慣れてるな」


「そうですね」


 リナが小さな声で答える。


 俺は男から目を離さない。


 冒険者なら森を歩くこと自体は珍しくない。


 だが、夜に一人でここまで迷わず進めるのは少し気になる。


 しばらく歩いたところで、男が足を止めた。


 俺たちも立ち止まる。


 男は周囲を見回している。


 誰かを探しているようにも見える。


「何をしてるんだ?」


 俺が小声で呟く。


 すると男は、近くの木に手を触れた。


 そのまま何かを確認するように、幹を眺めている。


 そして、また歩き始めた。


「木を調べてた?」


「そのように見えました」


「何か目印でもあるのかな」


 男はさらに奥へ進んでいく。


 俺たちも追う。


 しばらくすると、男の歩く速度が落ちた。


 そして、突然しゃがみ込む。


 地面に何かがあるらしい。


 男はそれを拾い上げた。


 遠くてよく見えない。


 俺は少しだけ近づく。


 すると、男の手に小さな布のようなものが見えた。


「……布?」


 昨日、森で見つけたものと似ている。


 俺は足を止めた。


 あれは失踪者のものかもしれないと思って、持ち帰った布切れ。


 まさか――。


 男は布をしばらく見つめたあと、ポケットへ入れた。


「リナ」


「はい」


「あの男、さっき何か拾ったよな?」


「はい」


「昨日見つけた布と同じように見えた」


「確認しますか?」


「いや。もう少し様子を見よう」


 今ここで声をかけるのは早い。


 男が何をしているのか、まだ分からない。


 男は再び歩き出した。


 森のさらに奥へ進んでいく。


 やがて、木々の間から小さな光が見えた。


「……明かり?」


「はい」


 火のようだ。


 誰かがいるのかもしれない。


 俺たちは慎重に近づく。


 木の陰から覗くと、少し開けた場所に小さな焚き火があった。


 だが――。


「誰もいない?」


 焚き火だけが燃えている。


 男はその前まで歩いていった。


 そして、周囲を見回す。


 誰かを待っているようだった。


 数分。


 何も起こらない。


 さらに数分。


 それでも誰も来ない。


「待ち合わせ……?」


「その可能性はありますね」


 俺たちは物陰から様子を見続けた。


 男が焚き火の前に座る。


 そして、何もせずに火を見つめている。


 妙だ。


 森へ入ってから、誰かと話すわけでもない。


 何かを探しているようではあるが、目的も分からない。


 それでも、ここまで迷わず来た。


「……どうする?」


「声をかけますか?」


「もう少し待とう」


 俺がそう言った直後だった。


 男が立ち上がった。


 焚き火の向こう側。


 森のさらに奥を見ている。


 その表情が変わった。


「来たのか?」


 男が呟く。


 俺は森の奥を見る。


 何も見えない。


 だが、リナは違った。


「……誰かいます」


「何人?」


「一人……いえ」


 リナが目を細める。


「複数です」


 俺は息を潜めた。


 木々の向こう。


 確かに何かが動いている。


 一人。


 二人。


 さらにもう一人。


 少なくとも三人。


 男は焚き火の前で、その人物たちを待っているようだった。


 やがて、森の奥から人影が姿を現した。


 全員、冒険者のような格好をしている。


 俺はその姿を見て、警戒を強めた。


 人数が多い。


 しかも、こんな夜の森の奥で待ち合わせている。


「リナ」


「はい」


「まだ動かない」


「分かりました」


 人影たちは焚き火の近くまでやってくる。


 最初に現れた男が、先ほどの男へ声をかけた。


「遅かったな」


「……すまない」


「まあいい」


 会話が聞こえてくる。


 俺は耳を澄ませた。


「今回は何人だ?」


「分からない」


「またか?」


「……うん」


 何の話をしている?


 俺はさらに集中して聞く。


「最近は数が減っている」


「仕方ないだろ」


「だが、次は――」


 そこまで聞こえたところで、風が吹いた。


 木々が大きく揺れる。


 会話が聞き取りづらくなる。


「くそ……」


 俺は小さく呟いた。


 だが、一つだけ分かった。


 あの男たちは、偶然ここに集まったわけではない。


 何か目的がある。


 そして、その目的は失踪者と関係している可能性が高い。


 俺はリナに目を向けた。


 リナもこちらを見ている。


 言葉は交わさない。


 今はまだ、動くべきではない。


 もう少しだけ。


 何をしているのか、見極める。


 焚き火の向こうでは、男たちの話が続いていた。


 俺たちは木の陰に身を潜めたまま、その会話に耳を傾け続けた。

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