第33話 謎の男
翌朝。
俺とリナは、南の森へ向かう準備を整えて宿を出た。
昨日の話を聞いてから、ずっと気になっている。
何人もの冒険者が行方不明になっている。
その中には、依頼を受けていなかった者もいる。
冒険者は夜に南の森へ向かっていた。
まだ、それだけしか分かっていない。
「行くか」
「はい」
南門を抜け、街道を歩く。
しばらくすると、昨日も見た森が近づいてきた。
木々の間から光が差し込み、鳥の鳴き声も聞こえる。
危険な場所ではあるが、今のところ不自然なものは見当たらない。
「まずは入口付近から調べよう」
「分かりました」
森へ入る。
リナが先を歩き、俺は少し後ろをついていく。
【死影】へ進化したリナは、周囲の気配にかなり敏感になっている。
歩きながら何度も周囲を確認しているが、特に警戒する様子はない。
「何かいる?」
「今のところ、魔物の気配はありません」
「そうか」
俺も周囲を見る。
森の中には、いくつか人が通った跡がある。
枝が折れている場所。
踏み固められた地面。
冒険者が普段から利用しているのだろう。
「この森って、普段から冒険者が入るのか?」
「街から近いのであれば、そうだと思います」
「だよな」
だから、普通の足跡だけでは判断できない。
俺たちはさらに奥へ進んだ。
しばらく歩いていると、リナが足を止めた。
「どうした?」
「こちらです」
リナが地面を指差す。
そこには、いくつかの足跡が残っていた。
「新しい?」
「比較的新しいと思います」
「冒険者かな」
「おそらく」
足跡は一つではない。
何人かが同じ方向へ進んでいる。
俺たちは足跡を追ってみることにした。
しばらく進むと、少し開けた場所に出た。
「ここで途切れてるな」
足跡がそこで消えている。
「……不自然ですね」
「ああ」
周囲を確認する。
だが、争った跡はない。
血もない。
武器が落ちているわけでもない。
何かに襲われたという感じではない。
「別の方向へ行ったのかな」
俺が周囲を見回していると、リナがしゃがみ込んだ。
「レオン様」
「ん?」
「これを」
リナが地面から小さなものを拾い上げた。
細い布切れだった。
土で汚れている。
「服の一部?」
「そのようです」
「失踪者のものかは分からないな」
「はい」
俺は布を受け取って確認する。
特別なものには見えない。
「持って帰ろう」
「分かりました」
そのときだった。
森の奥から、何かが動く音が聞こえた。
ガサッ。
俺とリナは同時にそちらを見る。
「魔物?」
「……違います」
リナが短く答える。
「人です」
「人?」
音がした方向へ視線を向ける。
木々の向こうに、何かが見える。
俺たちは警戒しながら進んだ。
すると、一本の木の陰に男が立っていた。
冒険者らしい格好をしている。
「おい」
俺が声をかける。
男はこちらを見る。
「……」
返事がない。
俺は少し距離を保ったまま尋ねた。
「ここで何をしてる?」
男はしばらく俺たちを見ていた。
そして、ゆっくり口を開く。
「……探している」
「何を?」
「分からない」
「は?」
男自身も困惑したような顔をしている。
「何を探しているのか、分からない」
妙な答えだった。
俺は男を観察する。
敵意は感じない。
なら――。
《チャット》が使える。
俺はスキルを発動する。
《チャット》
接続を確認。
俺の頭の中に、チャット画面が浮かぶ。
【レオン】
ここで何をしている?
【冒険者】
分からない。
【レオン】
どうしてここに来た?
【冒険者】
……分からない。
【レオン】
誰かに呼ばれた?
【冒険者】
違う。
【レオン】
自分の意思で来た?
【冒険者】
……たぶん。
俺は眉をひそめる。
本人のAIとの会話。
少なくとも、この男の記憶や考えでは「誰かに呼ばれた」という認識はない。
だが、どうしてここへ来たのかは分からない。
【レオン】
いつからここにいる?
【冒険者】
分からない。
【レオン】
昨日?
【冒険者】
……たぶん。
【レオン】
街には戻らないのか?
【冒険者】
戻らないと。
【レオン】
なら、なぜ戻らない?
【冒険者】
……。
返事が止まった。
俺はしばらく待つ。
【冒険者】
まだ、見つけていない。
【レオン】
何を?
【冒険者】
分からない。
そこでチャットが終了した。
「……」
俺は男を見る。
やはり変だ。
この男は何かを探している。
だが、その「何か」が本人にも分からない。
「レオン様?」
「いや……」
俺は少し考える。
「この人、街へ戻ったほうがいいと思う」
「そうですね」
リナが男に声をかける。
「街へ戻りませんか?」
男は森の奥を見る。
「……もう少しだけ」
「何を探しているんですか?」
「分からない」
また同じ答えだった。
俺は森の奥を見る。
何かあるのかもしれない。
でも、今の俺たちには何も見えない。
「一度、街へ戻ろう」
俺が言うと、男はしばらく黙っていた。
やがて、小さく頷いた。
「……分かった」
俺たちは男を連れて森を出ることにした。
その途中、俺は何度も後ろを振り返った。
男は何度も森の奥を見ている。
まるで、何かを置いてきたかのように。
だが本人には、それが何なのか分からない。
森を出て南門へ戻る。
門番に男のことを伝えると、驚いた顔をされた。
「お前……」
門番が男を見る。
「無事だったのか」
「知ってる人?」
俺が尋ねる。
「ああ」
門番は頷いた。
「この前から行方が分からなくなっていた冒険者だ」
「……」
俺は男を見る。
男自身は何も覚えていないような顔をしていた。
だが、一つだけ分かった。
昨日まで俺たちが聞いていた失踪事件。
その当事者が、今、目の前にいる。
そしてこの男もまた――。
夜に南の森へ向かっていた可能性がある。
「……まだ何も分からないな」
俺は小さく呟いた。
けれど、少なくとも一つだけ。
南の森を調べる価値は、十分にありそうだった。




