第11話 初めての決闘
レオンは、ゆっくりと一歩を踏み出した。
その瞬間、背後にいたリナが小さく息を呑む。
「レオン様……?」
「大丈夫だよ、リナ」
自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。
目の前には三人の冒険者。
彼らは先ほどまで、レオンを無職だと笑っていた。
貴族のくせに無職。
そんな人間が冒険者になったことが気に入らないのか、あるいは単純に面白半分なのか。
理由はどうでもいい。
今のレオンにとって問題なのは、一つだけだった。
――自分は、どうするのか。
これまでなら、迷わずリナの後ろに隠れていただろう。
実際、少し前まではそうだった。
市場でリナが絡まれたときも、何もできなかった。
リナに守られているだけだった。
そのとき、レオンは思った。
自分も強くなりたい、と。
「おい、ガキ。さっきから何を黙ってやがる」
三人組の一人が、剣の柄に手を置く。
レオンはその動きを見ながら、頭の中で《チャット》を開こうとした。
しかし――。
反応はない。
やはり駄目だ。
敵意を持っている相手には、《チャット》を使うことができない。
この力は万能ではない。
そう分かっただけでも収穫だった。
「……《チャット》は使えないか」
「何をぶつぶつ言ってやがる!」
男が踏み込んできた。
その瞬間、レオンは横へ身体をずらした。
剣先が目の前を通り過ぎる。
「なっ――!」
避けられた。
偶然だったのかもしれない。
けれど、次の瞬間にはリナが男の腕を掴んでいた。
「レオン様に触れるな」
低い声。
リナが腕を捻ると、男は苦痛に顔を歪め、その場に膝をついた。
「ぐっ……!」
「リナ」
「はい」
「僕がやる」
「……ですが」
「大丈夫」
レオンはもう一度、前へ出た。
自分でも不思議だった。
怖くないわけではない。
心臓は速く鳴っている。
手だって少し震えている。
それでも、逃げたくはなかった。
「僕は無職だ」
レオンが言う。
三人が顔を見合わせる。
「だけど、それが何だ?」
その言葉に、男たちの表情が変わった。
「僕は自分のことを無職だから価値がないとは思っていない」
父の言葉を思い出す。
母の笑顔を思い出す。
そして、ずっと自分を支えてくれたリナを思い出す。
「僕には僕にしかできないことがある」
男が再び殴りかかってきた。
今度はリナではなく、レオン自身が腕を受け止めた。
「なっ……!」
力では到底敵わない。
だから、受け流す。
身体を回し、相手の勢いを利用して地面へ転がした。
ドサッ、と鈍い音が響く。
周囲から小さなどよめきが起こった。
「レオン様!」
「大丈夫」
レオンは自分の手を見る。
少し震えている。
けれど、ちゃんと立っている。
そのことが嬉しかった。
「僕は、強くなる」
それは誰かに聞かせるための言葉ではなかった。
自分自身に言い聞かせるための言葉だった。
残った二人もリナを警戒し、結局それ以上向かってくることはなかった。
しばらくして、三人は捨て台詞を残してギルドの外へ出ていった。
「……終わりましたね」
リナがそう言う。
「うん」
「お怪我は?」
「ないよ」
「本当に?」
「本当」
リナはレオンの身体を上から下まで確認する。
その様子がおかしくて、レオンは思わず笑った。
「リナは心配性だね」
「レオン様が無茶をするからです」
「ごめん」
「……謝らなくてもよろしいですが」
リナは少しだけ微笑んだ。
「今のレオン様は、とても格好良かったですよ」
「……本当?」
「はい」
その一言で、胸の奥が少し熱くなった。
だが、その直後。
「――それにしても」
ギルドの奥から、低い声が響いた。
「随分と派手に騒いでくれたもんだな」
レオンが振り向く。
そこには、こちらへ歩いてくる大柄な男がいた。
周囲の冒険者たちが、その男を見た途端に口を閉ざす。
「誰……?」
レオンが呟く。
リナが小声で答えた。
「おそらく、このギルドの責任者でしょう」
男はレオンの前で足を止めた。
「俺はガルド。この冒険者ギルドのギルドマスターだ」
「レオン・フォン・アストレアです」
「知ってる。受付から聞いている」
ガルドはそう言って、周囲を見回した。
床に転がった椅子。
騒ぎを見ていた冒険者たち。
そして、入口の向こうへ消えていった三人。
「どうやら、少し話を聞く必要がありそうだな」
レオンは頷いた。
こうして、冒険者ギルドで起きた小さな騒動は――
思いもよらない方向へと動き始めた。




