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第12話 貴族ということ

 冒険者ギルドの前には、先ほどの騒ぎを聞きつけた冒険者たちがまだ残っていた。


 俺は剣を鞘へ戻す。


「レオン様」


「ん?」


「お怪我はございませんか?」


「大丈夫」


「それなら、ようございました」


 リナがほっとしたように息を吐く。


 そのときだった。


 ギルドの扉が開いた。


 先ほどの受付嬢ではない。


 大柄な男が、険しい表情でこちらへ歩いてくる。


「レオン・アストレア様でございますね?」


「はい」


「私はこの街の冒険者ギルドを預かっております。ギルドマスターのガルドと申します」


 ガルドは深々と頭を下げた。


「先ほどの騒ぎを聞きつけ、何事かと思い参りました」


「そうですか」


「はい」


 ガルドは俺の後ろにいるリナ、そしてギルドの中へ視線を向けた。


「事情を確認いたしました」


 その声は先ほどより低かった。


「受付の者が、レオン様の役職を周囲に聞こえるほどの声で口にしたことが発端だと」


「……はい」


「しかも、レオン様は貴族であらせられる」


 ガルドの表情が険しくなる。


「それを踏まえれば、今回の件は単なる接客上の失敗ではございません」


 ギルドの中から、受付嬢が出てきた。


 顔は真っ青だった。


「レオン様……」


 俺は何も言わない。


「こちらへ」


 ガルドが受付嬢に告げる。


「レオン様の前で、もう一度自分のしたことを説明しなさい」


「……はい」


 受付嬢は俺の前まで来ると、深々と頭を下げた。


「私が、レオン様の役職を不用意に大きな声で口にしたことにより、多くの方々にその情報が伝わりました」


「……」


「その結果、レオン様は他の冒険者から侮辱を受け、剣を抜く事態となりました」


 受付嬢の声が震えている。


「貴族であらせられるレオン様に対し、あまりにも無礼な振る舞いでございました」


「……そうですね」


 俺は静かに答えた。


「俺は自分が無職だということを恥じているわけじゃない」


 受付嬢が顔を上げる。


「でも、それを大勢の人間に勝手に知られることを望んだわけでもない」


「はい……」


「そのせいで絡まれたんだよね?」


「……はい」


 俺は受付嬢を見た。


「簡単に謝って終わり、という話じゃないと思う」


「……おっしゃる通りでございます」


 ガルドが口を開いた。


「レオン様。今回の件について、当ギルドとして相応の処分を行います」


「どんな?」


「この国では、貴族の身分を公然と侮辱し、またはその名誉を著しく損なった場合、重い処分が科されることがございます」


 ガルドは受付嬢を見る。


「今回の件は、本人に悪意がなかったとしても、結果としてレオン様の名誉を傷つけ、さらに危険に晒しております」


「……」


「最悪の場合、職を失うだけでは済みません」


 受付嬢の顔がさらに青ざめる。


「身分を剥奪され、奴隷身分へ落とされる可能性すらございます」


 周囲がざわついた。


 俺も思わずガルドを見る。


「そこまで?」


「はい」


 ガルドは真剣な表情で頷く。


「貴族への無礼を、この国では決して軽いものとして扱いません」


 受付嬢は震えながら頭を下げた。


「……申し訳ございませんでした」


 俺は黙って考える。


 俺が望んだわけじゃない。


 けれど、俺のせいで誰かが奴隷になる。


 それは違う気がした。


「ギルドマスター」


「はい」


「その処分、本当に必要?」


「法とギルドの規定に照らせば、十分にあり得る処分です」


「……そう」


 俺は受付嬢を見る。


 怯えている。


 さっきまでとは別人みたいだった。


「じゃあ」


 俺は少し考えてから言った。


「それなら、俺が買うよ」


「……え?」


 受付嬢が顔を上げる。


 ガルドも目を見開いた。


「レオン様……?」


「俺が彼女を買い取る」


 リナが隣で少し驚いた顔をする。


「レオン様……」


「ただし」


 俺は受付嬢を見る。


「俺の奴隷として扱うつもりはない」


 受付嬢は言葉を失っている。


「俺の庇護下に置く。それでいい」


 ガルドはしばらく黙って俺を見ていた。


 やがて、静かに頭を下げる。


「……承知いたしました」


「でも、その前に」


 俺は受付嬢へ向き直る。


「もう二度と、相手の立場を考えずに大事なことを口にしないで」


「はい……!」


「俺だから許されると思わないで。誰に対しても同じことをしないでほしい」


「……はい」


 受付嬢は涙を堪えながら、深く頭を下げた。


「肝に銘じます。レオン様には、一生かけても償いきれぬほどのご恩をいただきました」


「そこまで大げさにしなくていいよ」


 俺はそう言って、ギルドの中へ歩き出した。


「リナ、依頼を探そう」


「はい、レオン様」


 リナが俺の後ろについてくる。


 俺はまだ十歳で、何も知らない。


 でも今日初めて、この世界で貴族という立場が持つ重さを少しだけ理解した。

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