第六話
ようやく昼休みを知らせるチャイムが鳴る。
愛彩、椿、俺の三人は旧校舎の空き教室で昼食を摂ることになった。
老朽化の為、使われていない校舎なので、人の気配は無く静かだ。
「唯人さん。はい、あーん」
愛彩が弁当のだし巻き卵を箸で掴んで口元へ持ってくる。
「それ、学校でもやるのか?」
「当然です! 私の日課ですから」
どんな日課だ。
休み時間の度にクラスメイトに囲まれ、俺は質問攻めされていた。
「いつから八ヶ崎さんと婚約しているのか?」とか、「八ヶ崎さんが婚約者で、やはり嬉しいか?」とか。
そのせいもあり、かなり疲れた。加えて、授業のレベルが高すぎる。
ただでさえ付いて行くのに精一杯だ。
故に、今の俺に抵抗する力は残っておらず、弱々しく口を開けた。
「……美味いな。程よい甘さが疲れた体に染みる」
「あら。もうお疲れですか?」
「誰のせいだと思ってるんだ」
愛彩は目を丸くさせながら、首を傾げた。
「記者会見を開くのって、あんな感じなんだろうな」
俺は、休み時間でのことを思い出しながら言った。
「クラスの皆さんと馴染めているようで、何よりです」
「ああ! お陰様でな!」
続いて、肉団子が口の中に運ばれる。
「うぅ……。美味い……」
美味すぎて、つい涙が。
その様子を見た椿は自慢げに目を瞑る。
「当然だ。お嬢様のお弁当の為に取り寄せたA5ランクの米沢牛を100パーセント使っているからな。お前の弁当は、ついでだ」
おこぼれとは言え、中身は全く一緒なので気にしていない。
むしろ、ありがたい話だ。
「ですがお嬢様。本当に良かったのですか? 公にこんな奴が婚約者だと言ってしまって」
「椿。こんな奴、とは失礼ですよ」
ばつが悪そうな顔をする椿。それでも謝罪はしたくない様子だ。
どれだけ俺のことが嫌いなのだろうか? このメイド。
「それに八ヶ崎家の使用人ということだけでは、堂々と唯人さんをお世話――唯人さんとイチャイチャできません」
「おい。言い直したほうも変だぞ」
「唯人さんったら、照れ屋さんですね♡」
照れ隠しで言ったつもりではなかったんだが。
しかし、椿は何故か納得した様子だ。
「確かに……。お嬢様が、こいつを傍に置かれる上で、こいつの肩書きが使用人だけというのは違和感があります。将来、本当に結婚するかは置いといて。賢明な判断だと思います」
こいつ、正気か? 堂々と嘘の宣言をすることが、賢明な判断だと?
「加えて、お嬢様に変な虫も寄ってきません」
あ、なるほど。それには俺も納得してしまう。
八ヶ崎家の令嬢である以前に、愛彩はかなりの美人だ。
立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花とは、まさに愛彩のような人の為にある言葉。
恐らく、俺の知らないところで苦労してきているのだろう。
「目には目を、歯には歯を。毒を以て毒を制す、ですね。お嬢様」
それはちょっと違うと思うぞ、という言葉が喉まで出かかったがギリギリのところで飲み込んだ。
口の中の咀嚼物が無くなってから少し経った完璧なタイミングで、ブロッコリーが口の中に入れられる。
「なあ、愛彩」
「はい、旦那様♡」
「その呼び方は止めてくれ」
流石に反則級の可愛さだし、俺の身の丈に合っていない。
「……俺に食べさせてばかりだと、愛彩が食べる時間、無くなっちまうぞ」
美味な弁当だし美人のあーん自体は悪い気もしないが、昨日と違って今回は昼休み。
光恵学院は、一学期の初日からフルで授業がある。
当然、この後も授業があるので、ゆっくりし過ぎることはできない。
「ご心配ありがとうございます。ですが、私もきちんと頂いていますよ」
愛彩は、俺に食べさせるのに使った箸で自分の弁当の白米を食べた。
おいおい、どうして平然と間接キスができる?
顔と耳が熱い。恐らく俺の顔は赤くなっている。
それを愛彩は見逃してはくれなかった。
「今、少し顔が赤くなりましたね。もしかして、これですか?」
再び同じ箸で、ミニトマトを口の中に入れてニッコリと笑う。
その様子を見ていると、無性に恥ずかしくなってくる。
「お前。そうです、と言っているようなもんだぞ」
つい顔を逸らす俺を見て、からかうように椿が言った。
「仕方ないだろ! こういうの、慣れていないんだから……」
何が仕方ないのか自分でもわからないが、一応言っておく。
「というか、話を戻すけどさ。良いのか? 俺と婚約しているなんて勝手に言って。俺、大晋さんに合わす顔が無いと言うか、まだ死にたくないぞ」
二人は一瞬だけ、動きを止めたような気がした。
だが、すぐにいつも通りに微笑む愛彩と、苛立つ様子を見せる椿。
「……唯人さん、お忘れですか?」
え、なんだ。その、意味深な発言は。
まさか……。愛彩は、あの時の……?
「二人で好きにしなさい、と父は言っていたでしょう?」
「いや、確かに言ったけども!」
悪戯っぽく舌を出して笑う愛彩を見て、俺は少し安心してしまった。
あの時の少女が愛彩のはずはない。
まず、髪の色が違う。あの子は金髪だった。
愛彩が髪を染めている様子は見られない。
あり得ない話だと思う。
その後は三人で他愛もない話をしながら、引き続き弁当を食べた。
「さ、唯人さん。歯を磨きますから、頭を私に預けてください」
弁当を食べ終わると、愛彩は当然のように言ってくる。
「流石に自分で磨かせてくれ」
つい、真面目な顔をしてツッコミを入れてしまった。
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