第四話
今日は入学式。天気は好晴。
顔を撫でるように春の心地よい風が吹いた。
学院へは歩いて行ける距離ではあるが、万が一の事故を防ぐ為、愛彩の執事さんが車で送ってくれるらしい。
車での登校に慣れていないからか、緊張で喉が渇く。
「あ、あの。よろしくお願いします」
送ってもらう身として運転してくれる執事さんに挨拶しておく。
返事は無かったが優しく微笑み返してくれた。
そして、車は静かに屋敷の門を通過し、学院へ向かう。
「愛彩は、中学の時も登校は車だったのか?」
「ええ。というより、生徒の家柄を考慮すると、そちらのほうが自然でしょう」
「自然?」
「はい。自家用車で送迎してもらっているお家が半数を占めていたと思います。その中で私が徒歩で登校していたら、かえって目立ってしまうでしょうし」
流石は、金持ちの家が通う学校だ。
俺が通うことになった光恵学院は、まさに貴族の為の学校。
最低でも、株式市場に上場している企業の子どもしか入学出来ないと聞いた。
当然、本来は俺のような一般庶民が入学出来るようなところではない。
大晋さんはどうやって俺を学院に通わせる手続きをしたのだろう?
学費はどれくらいなのだろうか?
気になって仕方がない。
「あぁ! 学校生活が楽しみだと思うのは、いつ振りでしょう! これも唯人さんと同じ学院に通えるお陰ですね」
「俺は不安で、しょうがないけどな」
「あら、まあ。どうしてです?」
「周りは金持ちのお坊ちゃんやお嬢さんだらけだろ? どう考えても俺だけ浮くって」
「その心配はありませんよ。対策済みですから。それに、私と唯人さんが同じクラスになるように手配致しました。少なくとも、クラスでは孤独な思いはさせません」
恐るべき、八ヶ崎家の権力。
その気になれば、学院の買収も出来そうだもんな。
一人で納得していると、愛彩が何かを取り出して見せてくる。
「愛彩。それは……。その。なんだ?」
「こちらは、唯人さんと一緒に過ごす高校生活をイメージした絵です。あまりにも今日という日が待ち遠しかったので、昨晩描きました!」
あ、このガガンボみたいなのは俺と愛彩だったのか。
「すまん。落書きかと思った」
「落書きだなんて、とんでもない! 言わば、芸術作品です!」
「貴様にはお嬢様の絵の素晴らしさはわからんか」
得意げに鼻息を荒げる愛彩と、ふんと鼻で笑う椿。
この二人、美術の授業はどうやって乗り切ったんだ。
俺も絵については人にどうこう言える立場ではないが、流石にこれを芸術と言うのは無理があるんじゃないか……?
「お嬢様、到着いたしました」
話しているうちに、学院に到着。
時計を見ると、屋敷を出てから十五分も経っていない。
「行きましょう、唯人さん!」
楽しそうに言う愛彩は、少しばかりお嬢様らしからぬ、くしゃっとした笑顔を向ける。
普通の少女のような、何故か懐かしさを感じる笑顔。
「凄い……。専用の車寄せなんて、あるのか」
学院の敷地内に車が何台も停められる車寄せがあり、見ると他にも車で送迎してもらっている生徒が居た。
どの生徒も気品があって、庶民の俺にとっては近寄りがたい雰囲気を感じる。
だが、その中でも特異のオーラを放っているのは、やはり隣を歩いている愛彩だ。
光恵学院の生徒と言えど、八ヶ崎家の令嬢の事が多少なりとも気になるらしい。
一緒に歩いている俺にまで視線が注がれる。
「ていうか、学院の敷地。広すぎるな」
正門から一本の並木通りを、ひたすら歩いている。
寝坊したら大変そうだ。
「光恵学院は、初等部と中等部。そして、大学も併設されていますから。その分の敷地を確保しているのだと思いますよ」
そう言えば、光恵学院は附属高校だった。
それにしても、広すぎるとは思うが……。
奥を見ると、校舎が見えた。
とても大きく、荘重な建物だ。
海外の歴史的な建造物を彷彿とさせる。
だが、その学び舎に圧倒されているのは言わずもがな、俺だけだ。
他の生徒は粛々と、優雅に昇降口へと入っていく。
「では、椿。また後で」
「はい、愛彩お嬢様」
椿は八ヶ崎家の使用人として学院に通っている。
光恵学院は大きい家柄で、且つ、使用人の学力が学院が定める使用人向けの基準に満たしていれば入学させてもらえるシステムだ。
年齢が一つ上で、愛彩が中等部から進級すると決まっていた為、初等部から一緒らしい。
昇降口の前に人だかりができている。
クラス割りの紙が貼りだされているようだった。
愛彩が素通りしようとしたので、つい声を掛ける。
「クラス割り、見て行かないのか?」
「ええ。学院の連絡用のアプリで確認していますので」
「へぇー。そのアプリ、便利そうだな」
「唯人さんのスマートフォンにもインストールされていますよ」
そうだったのか。
スマホを確認してみると、「光恵」と言う名の神々しいアイコンのアプリを見つけた。
「基本は行動を共にするわけですから、唯人さんが気にして確認する必要はないので安心してください」
「いや、確認するだろ……。自分のことなんだから」
本当にお節介だな、このお嬢様は。
いや、お節介という概念を通り越している。
俺は自立する為に上京したと言うのに。
自立を目指した理想の生活とのギャップ、愛彩や大晋さんに対する申し訳なさ、あの八ヶ崎家のご令嬢にお世話されている優越感。
様々な感情を複雑に絡ませながら、俺は昇降口で上履きに履き替えた。
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