第二十四話
「唯人さん。今日は教室でお昼を召し上がりましょうか」
昼休みが始まるや否や、謎の提案をしてくる愛彩。
理解に苦しむ。
「いや、それって……。つまり、ここで」
食べさせてもらったりするってことだよな……?
こんなに人目のある場所で冗談じゃない。
ずらからせてもらうぞ、俺は。
「あ、そういえば用事を思い出したわ。先、食べててく――」
教室から出る為に出口へ視線を向けると、ドアの横に寄りかかりながら眼を飛ばしている椿と目が合い、俺は思わず動作をピタッと止めてしまう。
「も、ど、れ」
椿は声にこそ出さなかったが、言おうとしている言葉はわかってしまった。
「そんなつれないこと言わないでくださいな。旦那様」
愛彩が横から甘い声を発しながら、いつものように俺の腕にしがみついてくる。
おい、周りがざわめてるじゃねーか。
聞き耳を立てて見ると「微笑ましいですわね」とか「本当に仲がよろしいのですね」というポジティブな声が聞こえる一方で、「はしたないっ……!」とか「何故、あんな男を……」という背筋に悪寒が走るような怖い声まで聞こえる。
俺が恐怖のあまり震えていると、後ろから肩をつっつかれる。
見るとレンが悪魔の如き笑みを浮かべながら。
「碧木様、八ヶ崎様。良い機会ですし、お昼ご一緒してもよろしいですか?」
と、悪魔のような提案をしてくる。
「えぇ、もちろん! 是非!」
俺の意向は聞かれることなく、お嬢様二人だけで交渉が成立してしまった。
「東福寺さんも一緒にいかがですか?」
物欲しそうな目で見ていた華娜を誘い込む愛彩。
「……ッ! で、ではお言葉に甘えて……」
何故か教室の隅にある窓側の一番前の席。
愛彩から自身の席に座るよう言われる。
その俺の周りを机で囲む三人のお嬢様。
教室のドアには、購買で買ったであろうあんぱんを片手に鋭い視線で監視している椿。
詰んだ。
「皆様、週末は何をして過ごされていましたか?」
可愛らしいピンクの手提げ袋から弁当を取り出しながら聞くレン。
「唯人さんと一緒にオーベルジュでお風呂を楽しんでおりました♡」
思いもしなかった返答に、俺は吹き出してしまう。
何、学校で変なことを言っているんだよ。
ほら、見てみろ。
レンと華娜が二人して目を丸くしているぞ。
「お、お風呂っていうのは……。温泉に行ったってこと、だよね……?」
体を震えさせながら聞く華娜。
「いいえ? 個室にあった露天風呂で、唯人さんと二人っきりで」
「そ、そんな……!」
今の愛彩の発言で、華娜の脳は破壊されたような気がした。
うん。なんか、そういう音が聞こえた気がした。
しかし、愛彩は気にする様子も見せず、続けて微笑みながら言う。
「要するに、唯人さんとは裸のお付き合いをさせて頂きました♡」
「おい、言い方ァ! お互い、タオル巻いてたろ!」
我慢できず、大きな声で突っ込んでしまった。
「あ。本当に、一緒に……。唯人と八ヶ崎さんはお風呂に……」
瞳に涙を浮かべながら、華娜が呟く。
「良いなぁ……」
聞き間違いだよな?
それとも脳破壊された影響で、とうとう壊れてしまったのか?
「……私も。唯人と一緒に」
華娜が呟いた途端、静まり返る場。
鬼、気まずい。
この空気に耐えられなかったのは俺だけではなかったようで、レンが別の話題を振る。
「わ、私はアニメ鑑賞をしておりました。因みに、東福寺様は休日、何をして過ごされていたのですか?」
華娜は涙を拭いながら答える。
「あぁ……。私は教習所に。バイクの免許を取ろうと思ってさ」
そういえば、華娜の実家は楽器だけじゃなくてバイクも製造していたな。
恐らく、家柄的にも必要なのだろう。
「まあ、素敵! 東福寺様がオートバイに乗られている姿、きっと様になっているんでしょうね!」
「家がバイク製造業をしているからね。それに、幼い頃からバイクが好きなんだよね。誕生日が来月だから、それまでに検定に合格したいなぁって」
それを聞いた愛彩が興味を持ったのか、深掘りする。
「あら、お誕生日近いのですね。因みに、いつなのですか?」
「五月七日だよ」
「もうすぐではありませんか! 東福寺さんさえ良ければ、このメンバーで東福寺さんのお誕生会をしましょう!」
手を合わせながら微笑む愛彩に、華娜は警戒心丸出しで答える。
「……恋敵に塩を送る真似をするなんて。八ヶ崎さん、一体どういうつもり?」
恋敵って。
恥ずかしがる様子も見せずに何を言っているんだ、華娜は。
だが、この返答に想定外に思ったのは俺だけでなく愛彩もだった。
「恋敵だなんて、とんでもない! 友人のお誕生日をお祝いしようと思いまして……」
最初は慌てた様子で弁明していたが、すぐにいつもの感じで優しく言ってみせる。
天日干しした布団の香りのような、優しい雰囲気のまま、愛彩は続けて言う。
「それに……。唯人さんの意向次第ではありますが」
ギリギリ俺達が聞こえるくらいに声のボリュームを落とす。
「私は愛してさえくれれば、二番目の女でも構わないのです」
「げほっ。げほっ……!」
飲んでいたお茶が器官に入った。
こいつ、正気か?
華娜どころか、レンも咳き込んでいる。
流石のこの二人も驚きの表情を隠せていない。
言っておくが、そんな決め顔で言うようなことではないからな?
「いや、でも。……結婚は一人としか出来ないし」
「関係ありませんよ。事実上、という形で通せるでしょうし。唯人さんがお望みながら、海外移住だって……」
「ちょ、ストップストップ! 俺はそういうの、望んでないから! あと、勝手に話を勧めんな!」
「まあ、唯人さんったら。照れているのですね♡」
「照れてるとかじゃないんだわ!」
本当、なんなんだこのお嬢様は。
父親の大晋さんが聞いたら泣き崩れるんじゃないか……?
その後はお嬢様三人で会話に花を咲かせながら、やっとのことで食事を終える。
流石の愛彩も、人目のあるところで「食べさせる」ことはしなかったか。
良かった。
「お嬢様、お持ちいたしました」
突然、大きな音を立てながら台車を押して入ってきたのは椿。
色とりどりのスイーツが綺麗に並べられている。
ショートケーキにチョコレートケーキ、苺タルトにモンブラン。
「ホテルのバイキングか何かか?」
俺は呆れながら言ったつもりだったが、愛彩は体をくねくねさせながら左手を頬に当て破顔させている。
「唯人さん、甘いものが好物だと仰っていたでしょう? なので、一通り取り揃えてみたんです。好きなものをお選びください」
「マジもんのバイキングじゃねーか!」
「良かったら、皆さんも召し上がってください」
綺麗にスルーしながら、華娜とレン。
そして、クラスメイト達にも声を掛ける。
「では、八ヶ崎様。お言葉に甘えて頂きますね」
大半の生徒が戸惑っている中、先陣を切ったのはレン。
小皿とフォークを椿から受け取った。
釣られるように、他の生徒達も並べてあるスイーツを装っていく。
「あー……。俺、お腹いっぱいでさ。申し訳ないけど――」
「はい! 唯人さん、あーん♡」
愛彩は逃げようとした俺を捕まえる。
それだけでなく、大勢居るクラスメイト達の前でショートケーキを口に突っ込む。
周囲に居たクラスメイト達からの視線が刺さる。
顔から火が出る感覚って、こういう感じなのか。
だが、美味い。
悔しいが、美味い。
愛彩のことだ。
きっと、有名な店から取り寄せたんだろう。
あぁ。
溢れ出す羞恥心と美味すぎるスイーツに感動して……。
涙が。
「あらあら。どうしたのですか、泣いてしまって」
お前のせいだと言おうかとしたが、続けてチョコレートケーキを食べさせられる俺。
なんだこれ、美味すぎる……。
そんな俺達の様子を、華娜は放心状態で。
レンは苦笑しながら横目で見ていた。
あの。
見ているだけじゃなくて、助けてくれ。
俺達、友達だろ?
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