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人をダメにするお嬢様は僕のお世話がしたいそうです  作者: 天鷹あき


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第二十五話

 俺は先週からクラスで浮いていた。


 具体的に言うと、愛彩がケーキバイキングをした日から。

 心の中で勝手に「スイーツ事件」と呼んでいる。


 まあ、厳密に言えば、入学当初から若干浮いてはいたんだが。

 ……今思えば、あの時も愛彩が原因だったな。


 お陰様で、愛彩が仕事で学院を休んだ日の居心地は頗(すこぶ)る悪い。


 華娜は、あの日から余所余所しくなってしまった。

 恐らく、風呂の件と愛彩が理由だろう。


 レンに至っても、周りにいつも誰かしら居るせいで話し掛けにくい。

 素がアレでも、甘南備の令嬢ということでクラスメイトに慕われているのだ。


 椿は椿で、登下校以外は完全に接点がない。

 文字通り、完全に孤独である。


 今も、こうして人気(ひとけ)の居ない裏庭で、購買で買ったパンを独り寂しくかじっていたのだ。

 俺は嘆息しつつ、立ち上がりながらパンの袋をポケットに丸めて突っ込んだ。


 心に風穴が空いた気分で裏庭を通って教室へ戻ろうとすると、見覚えのある人物がホースを片手に、花壇の花に水やりをしているところが視界に入る。


 朱鷺(とき)色の髪を輝かせているその少女は、横から見ても美人だとはっきりわかる。

 よく見ると顔の彫りが深くて凄いな。


「お、奇遇だねぇ。唯人君」


 あまりの芸術的美しさに見惚れていると、少女は素の状態で話し掛けて来た。


「おう。レンこそ、こんなとこで何やってんだ?」


「見てわかんないわけぇ? 水やりですけど」


 嘲笑するレン。

 普(・)段(・)の(・)甘南備レンなら絶対に見せないような顔だ。


「いや、それはわかるんだが」


「じゃあ、なによー。だる絡み?」


「違うわ」


 一呼吸だけ置いて、冷静を装う。


「間違ってたらごめんだけどさ。ひょっとして気、遣ってくれてる?」


「……なぁんのことだが。あー忙しい忙しい」


 俺の問いかけに、レンは誤魔化すように目を逸らした。


「どう見ても暇そうだろ」


「暇なわけあるか! どう見ても忙しそうだろ!」


 打って変わって、レンは目をカッと開かせながら語気強めで言う。


「ほら! 見て? 私が持ってるもの! 水やりしてんの! どう見たって忙しそうでしょうが!」


 呆れながら大きなため息を吐くレン。


 俺はレンのコロコロ変わる表情を見て、なんだかおかしくなってしまった。

 本当に、カメレオンみたいな女の子だ。


「ちょっと! 何がおかしいわけ?」


「いや、表情豊かで綺麗だなと思って」


 特に他意を含ませていない、純粋に素敵だなと思って言ったつもりだったが。

 レンの顔は、みるみるうちにホースから放たれた水を浴びるチューリップ並に赤くなっていく。


「………………。……は、はぁ!? ちょ、なに? いきなり! 盛ってんの?」


「どうしてそうなる!」


 顔を真っ赤にさせているレンは静まる感じもなく、むしろヒートアップしていく。


「いくらなんでも私が可愛いからって、そう易々と口説き落とされるほど安い女じゃないわ! あほ!」


「自分で可愛いって自覚あるんじゃねぇか……」


 呆れながら目線を花壇に移すと、レンが持つホースから放たれている水が一点に集中していた。

 そのせいで、局所的に水浸しになっている。


「…………おい、水が――」


「ちょ、ちょっと待って! 私、まだ心の準備が……!」


 俺はそう言いながらレンの手からホースを取ろうとすると、レンが慌てふためく。

 その拍子でホースの口がこちらに向けらた刹那、人が重力に逆らって空中を自由に浮遊できないのと同じように、当然の如く俺は解き放たれた水を頭から浴びた。


「あっ…………。ごめっ…………」


 上半身がずぶ濡れの俺を見たレンの顔は、さっきまで真っ赤だったのが噓みたいに真っ青になっていく。


 大丈夫だとフォローしておきたいが、まずは水を止めるのが先決だ。

 五メートルくらい離れた蛇口の元へ小走りし、とりあえず水を止めておく。


「ゆ、唯人君! その、ごめん!」


 申し訳なさからなのか、今にも泣き出しそうなレンがハンカチ片手に駆け寄って来て、濡れた俺を拭こうとする。


 前髪から垂れている水が鬱陶しい。

 俺は空を見ながら髪をかき上げた。


「…………ッ!」


 何故か俺の動作を見て、歯を食いしばりながら再び頬を染めるレン。

 こいつは、本当に顔が忙しい奴だな。


「あー、えーっと……。とりあえず、保健室からタオル持って来てくれると助かる」


「そんなん、取ってきてる間に体冷えちゃうでしょ! ほら、服脱いで!」


 レンは、俺が着ているシャツのボタンを外そうと手を伸ばす。


「いや、良いって! てか、ここで半裸になったほうが風邪引くだろうが!」


「うるさい! 良いから、ぬーいーでー!」


 傍から見たら、男女が取っ組み合いの喧嘩をしている状況だ。

 誰かに見られていたら、学院中が大騒ぎになることだろう。


 レンの手首を掴む形で動きを止めていたが、徐々に押され始める。

 意外に力が強いぞ、このお嬢様。運動音痴じゃなかったのか?


 加減していては身包みを剥がされてしまう。

 もう少しだけ、力を強めて……。


「うわっ!?」


 押し返す力を強くした途端、レンが急に力を抜いてきた。

 すると何が起きるだろうか。


 答えは明白だ。

 俺は肩透かしを食らったようになり前へバランスを崩す。


 要は、俺がレンを押し倒してしまうような構図になるわけだ。


 ふわっと甘い石鹸の香りが俺の顔面を覆う。

 目の前のレンは瞳孔を大きくしている。


 こうして驚かせてしまったのだから、無理もない。


「す、すまん」


 すぐに立ち上がり、尻餅をつかせてしまったレンに手を差し出す。

 だがレンは、何が起きたのかわからないような表情でフリーズしている。


「お、おい。大丈夫か?」


「…………あ。……………………うん」


 俯きながら俺の手を取るレン。


 どうしよう。

 不可抗力の事故で不本意とは言え、同級生女子を襲うような真似をしてしまった。


 なんと言えば良いのか分からず、濡れた頭を掻くことしかできない俺。


「あ、あの。レン。本当に、ごめん」


「………………うん。…………はい、これ」


 レンは心ここにあらずという感じで俺にハンカチだけ渡すと、覚束(おぼつか)ない足取りでこの場から離れていった。

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