第二十二話
「痒いところはありませんか?」
愛彩が後ろで息を若干切らしながら聞いてきた。
背中は全く痒くない。
敢えて言うなら、この状況によって熱くなった頬が痒いくらいか。
「痒いところがあれば遠慮なく言ってくださいね」
「い、今のところは大丈夫だぞ」
愛彩は丁寧に、それでいて力強く俺の背中を洗う。
「唯人さんの背中は広くて大きいですね♡」
ピトっと、さっきまでとは違う感触を背中で感じる。
どうやら、手のひらを背中に当てているらしい。
「私の手なんか、こんなに小さく感じます」
すると、また背中で感じる感触が変わる。
先程までのタオルでも、手のひらでもない。
なんだ、これ。指か?
「はい。今、なんと書いたでしょう」
「すまん。もう一度、書いてくれ」
まさか、背文字あそびが始まっているとは露知らず。
改めて、俺は背中に書かれた文字を当てる為、背中に全神経を集中させた。
んんん、なんと書いたんだ?
……す?
「……『好き』か?」
「正解です。では、お次」
続けて愛彩が文字を書き始める。
……た。
いや、だ…………?
い、す…………。
「だ、『大好き』か……?」
「正解です♡」
「いや、バカップルみたいなこと書くなよ!」
俺のツッコミに、愛彩は左頬に手を当てながら笑って誤魔化す。
というか背文字ゲーム自体、バカップルがやってそうで照れくさい。
「では唯人さん。お願いします」
そう言われたので仕方なく振り向くと、愛彩が背中をこちらに向けて屈んだ状態で居た。
深みのあるダークブロンドの髪。普段ハ肩甲骨あたりまであるが、今は器用にまとめられている。
さて、なんて書こうか。
いざ、自分の番になると迷うな。
「あ、わかりました。答えは、『好き』ですね」
「いや、まだ書いてないわ!」
左頬に手を当てている横顔。
それを見て、無性に腹が立った。
気を取り直して筆を持つようにして指を構える。
そうだな。
ここは改めて感謝の言葉をチョイスしよう。
タオル越しの背中に思い浮かべた五文字を書いていく。
「……もう一度、お願いします」
さっきよりもゆっくり、丁寧に書いてみる。
「…………?」
おいおい、嘘だろ。
そんなに難しいか?
「タオルのせいで感覚が鈍くなっているのかもしれませんので、取ってしまいますね」
「いや、絶対取るなよ!?」
「唯人さんったら、照れてしまって可愛らしいです♡」
流石に女子の素肌を指でなぞる度胸は持っていない。
今度こそ気付いてほしい想いと期待を指先に込めて。
「えっと……。『まあや』ですか?」
「答えは『ありがとう』だ」
「なるほど! 唯人さんらしいです」
「そうか?」
俺は、ただ普段から世話になりっぱなしだから「ありがとう」って書いただけで。
「唯人さん、お願いがあるのですが」
「なんだ?」
「私の背中を流して頂けませんか? 唯人さんの、その大きな手で」
愛彩は湯のせいか。
はたまた、照れているのか。
赤面した横顔を見せる。
「……タオルで洗うだけだぞ」
返事をすると、愛彩は白く綺麗な背中を露わにした。
まだ手を付けていないボディータオルを泡立て、俺は愛彩の背中に直接触れないよう気を付けながら洗う。
「あん♡」
「やっぱ自分で洗え」
俺は愛彩のほうを極力見ずに桶のお湯を被ってから湯に足を入れた。
「唯人さんったら素直ではありませんね」
「お前が変な声出すからだろ!」
全く、油断も隙もない。
今も理性を保とうとするだけで精一杯だ。
愛彩も桶で掬ったお湯で体から石鹸を流すと、すぐにお湯に浸かる。
「でもね。私のほうこそ、唯人さんに感謝するべきなんです」
「どういう意味だ?」
「前にも少し申し上げたことなのですが、私は唯人さんに支えられているんです。唯人さんが居なければ……。きっと、私はここまで努力してこなかったでしょう」
確かに前に同じことを聞いた。
だが、どう考えても支えられているのはむしろ俺の方だし、それに。
「……いまいち、わからないというか。どうして愛彩の中で俺はそんなに大きな存在なんだ? いくらなんでも、出会ってばかりでおかしいというか。ここまで色々優遇してもらう理由が見当たらない」
俺は常々思っている疑問をここぞとばかりに愛彩へぶつけた。
少しの間だけ思案する様子の愛彩だったが、すぐに柔らかい笑みを浮かべる。
「そうですね。色々ありますよ、私が頑張る理由。勿論、唯人さんも含まれてはいますが」
遠目で続ける愛彩。
「昔の話ですが……。私は大切な人を危険な目に遭わせてしまったことがありまして。そのことが本当に悔しかったんです。二度と大切な人を傷つけずに済むよう、色々な意味で強くなることを志しました」
「そうだったのか」
想定外な答えが返ってきて、とても後ろめたい。
「でも、そんな昔ってことは幼い頃とかってことだよな。だとしたら、ぶっちゃけどうしようもないと思うが。愛彩は悪くないだろ」
「そう、ですね…………。確かに、仕方ない部分はあったと思います。頭で理解はしています。それでも。もう二度と、私のせいで大切な人が酷い目に遭うことは……。絶対に嫌です」
珍しく、愛彩は真剣な顔つきで俺を真っすぐと見てくる。
「す、すまん。なんか、変なこと言っちゃって」
暫くまじまじと見つめられ、パッと表情を明るくする愛彩。
「良いんですよ。いっぱいお世話させてもらえれば♡」
いや、そういう訳にはいかないが……。
俺は俺で少しずつでも自立していくって決めたんだ。
例え、愛彩がそれを望んでいなかったとしても。
とは言え、暫くは……。
この過度すぎる世話からは逃れられないだろう。
果たして、俺は自立を目指しながら、甘い誘惑だらけの生活に耐えることができるか?
これからのことを考えれば考えるほど、憂慮に堪えない。
ご覧いただきありがとうございました。
楽しんでいただけたら、お気に入りユーザーの登録、作品をブクマして、
リアクションやコメント頂けると嬉しいです!
よろしくお願いいたします!




