第二話
広い敷地の中に洋風の大きな屋敷が聳え立っている。
個人の持ち家にしてはかなり大きい。
敷地は木と塀で囲まれているので、都内のはずだが静寂が漂う。
振り返ると、屋敷と同じくらいの高さの門。
今さっき、そこから入ってきたが、既に大きな扉で塞がれている。
流石は八ヶ崎家、プライバシーは万全のようだ。
屋敷に入ると、まずは広すぎる玄関。
ここに住め、と言われたら住めるレベルには広い。
白の大理石が一面に広がっていて、照明が反射して眩しい。
横を見ると、よくわからない花の絵画が飾ってある。
「さあ、上がってください。唯人さん」
「お、おう」
「……? どうかしましたか?」
「いや、玄関なのに豪華で広くて凄いなって思って」
「これから毎日、目にする玄関ですので、直に慣れると思いますよ」
「はあ……。って、毎日?」
毎日ってどういうことだ。
俺は都内私立校の寮に入ることになっていて……。
「詳しいことは、上でお話し致します」
目線の先を見ると、エレベーターがある。
二階に上がるだけだよな?
「家の中にエレベーター……」
「父が時間は有限だと言って、設置したんです」
エレベーターと時間に何の関係があるのか見えてこない。
そんな俺の考えている事を見透かしたかのように、愛彩は続けて説明してくれた。
「要するに、階段では上り下りに集中しなければなりませんが、エレベーターであれば乗っている最中に考え事や仕事の連絡が可能です」
住む世界が違いすぎる。
少なくとも俺のような庶民は、その考えでエレベーターを使ったことがない。
「それに、もし階段で足を滑らせれば怪我をしてしまうかもしれません。体は資本ですから」
輝かしい笑顔を向けられたので俺も笑って返そうとしたが、上手くいかず顔が引きつる。
エレベーターで二階に昇り、扉を出てすぐの観音扉をノックする愛彩。
「失礼します」
中に入ると、ソファーに座っていたスーツ姿の男性が、その場から立ち上がった。
「来たね、二人とも。そのソファーに腰を掛けてくれ」
言われるがままソファーに座ると、何故か俺にだけ冷たい赤髪のメイドさん(?)がコーヒーを三つ、机の上に並べた。
「ありがとう、椿。さて、一応自己紹介をしておこうかな。私は八ヶ崎大晋。愛彩の父だ。八ヶ崎グループの会長をしている」
とても落ち着いた雰囲気であるものの、どっしりと構えていて貫禄が凄い。
「君の――唯人君のお父さんとは古い仲でね。実は、昔。君と会ったことがあるんだが……」
やはり、俺と大晋さんは会ったことがあるらしい。
大晋さん、ごめんなさい。俺、全く記憶に無いです。
「その様子では、覚えてないようだね。君が幼い時だったから無理もないか」
「す、すみません……」
「謝らなくて良い! それに私は唯人君が成長した姿が見られて嬉しいよ」
温かい笑みの大晋さん。
親子だなと思わせる一方で、大晋さんの笑顔は爽やかさも感じる。
大晋さんはコーヒーを一口啜ると、その目付きは真剣な眼差しになった。
「さて、本題に移ろう。愛彩から話は聞いていると思うが、今日から唯人君の面倒を見ることになった」
「えっ。でも、俺は私立の男子校の寮に入ることになっていて」
「おや。そこまで話せてないのかい?」
チラっと愛彩を見る大晋さん。
「ごめんなさい、お父様。私の不手際でトラブルがありまして。既に解決済みではありますが、唯人さんには碧木隆一さんから連絡を頂いたということしかお伝えしておりません」
トラブルって補導されそうになったことを言ってるのか?
あれは俺のせいだ。
「そうか。……唯人君の通う高校は入学辞退の手続きをさせてもらった」
「えっ!?」
「その代わり、娘の愛彩と同じ高校に入学してもらう。手配は既に済ませてあるから安心して良い。住む場所の心配も不要だ。当面は、うちの屋敷に住みなさい」
「え、えーと……」
困った。話が全く見えてこないぞ。
「君の父さんからは、『息子をよろしく頼む』と言われている。だから、君もここで我が家のように過ごしてもらえると嬉しい」
「は、はあ……」
いきなりそんなこと言われても、こんな凄い屋敷の家賃なんて払えない。
「あの、俺。住まわせて頂くのに。その。いくらかは、わからないですが……。家賃を払えるほどのお金が無くて……」
大晋さんは、目を丸くさせたかと思うと豪快な笑い声を部屋中に響かせた。
「唯人君は面白いことを言うね。他意は無いんだが、本当にあの隆一の息子かい? あぁ、亡くなったお母さんに似たのか」
一人で納得する大晋さんは、コーヒーカップを口に近づけて、ゆっくりと机に置く。
「無論、不要だよ。言っただろう? 我が家のように過ごしてもらえると嬉しい、と」
どうやら、八ヶ崎家は本当に俺の面倒を見てくれるようだ。
隣の愛彩を見ると、静かに笑顔で返された。
「何かあれば愛彩と椿に言ってくれれば良い。それから、最後に……」
ゆっくりと、大晋さんは体を前に傾けて、俺を真っすぐ見つめる。
「娘を泣かせたら承知しない」
「は、はい!」
その威圧感に圧倒されて、思わず返事をしてしまった。
「良い返事だ。あとは二人で好きにしなさい。椿、彼を部屋に案内してくれ」
「かしこまりました。大晋様。唯人様、こちらへ」
えっと。話って、それだけか?
どうして屋敷に住まわせてくれるかっていう、肝心な理由の部分を何も聞いていないぞ。
戸惑っている俺を察してか、愛彩が声を掛ける。
「椿は八ヶ崎家の専属メイドです。彼女から唯人さんのお部屋や、その他諸々について伺ってください。私も後から行きますね」
メイドさんが部屋の扉を開けて、退出を促す。
俺はそのまま、大晋さんと愛彩を残して部屋を出た。
扉を閉めるや否や、冷たい刃のような目つきで睥睨する。
「……あの。俺の顔に何か付いてますか?」
「何でもない。貴様の部屋はこっちだ」
メイドさんは、コツコツと足音を響かせながら早歩きで廊下を歩く。
なんだろう。やはり、この子に嫌われているらしい。
「えっと。メイドさん。これから、よろしく……。はは」
「……椿」
「え?」
「朱雀野椿だ。椿と呼べ」
「じゃあ、椿……。よろしく」
いきなり歩幅が大股に、足の動きが早くなった椿。
メイドさんとはいえ、初対面で女子を呼び捨てするのはよろしくなかったか?
「お前の部屋はここだ」
屋敷の端のほうにある遠い部屋に案内された。
家の中にしては少し。いや、かなり歩いたと思う。
まるで、学校やホテルの中を移動しているような感覚だった。
未だに家という実感が湧いてこない。
「何を突っ立っている。入れ」
部屋の中は、大晋さんとお話した部屋までの広さでは無いがそれでも十分すぎる広さだ。
そもそも、前に住んでいたボロアパートでは自分の部屋すら無かった。
故に自分の部屋を用意してもらえている事自体、ありがたい。
「今日から、このスマホを使え」
渡されたのは、学校で陽キャが使っていそうなカメラが三つ付いている林檎マークが目印のスマホだった。
「これって、めっちゃ高いスマホなんじゃ……」
「今すぐ、機種変更をしろ」
「今、この場でか?」
「そうだ。今だ。とっとと、やれ」
「は、はい」
ポケットからスマホを取り出してボタンを押すが、反応しない。
「あ。充電、切れてたんだった」
椿は大きな舌打ちをしながら俺のスマホを奪い取る。
「貸せ! 私が充電しておく!」
「はは。その、ごめん」
椿は、遠くを見るようにしながら眉をひそめた。
「お前は、本当に……。どん臭い奴だな」
言っている内容は酷いが、何故か儚げな表情をしている。
「そんなに意地悪を言わないであげて、椿」
愛彩が、いつの間にか部屋に入ってきていた。
「ですが、愛彩お嬢様。こいつ……」
「良いの良いの。可愛らしくて良いじゃない」
愛彩は笑顔のまま、続けて俺を見て話す。
「唯人さん。今日は、もう遅いですから。ゆっくり休んでください」
愛彩は、俺の手を優しく握った。
「そうだわ! お風呂も案内しなくっちゃ!」
「お嬢様。それは私が案内いたします」
「そう? そしたら、お願いしても良いかしら?」
相変わらず鋭い氷のような冷たい眼差しで俺を一瞥する椿。
「こっちだ、来い」
ぶっちゃけると、風呂に入らず寝てしまいたい気分ではある。
しかし、他人様のお家にお世話になる身分な上に、綺麗で豪華な屋敷。
少しでも身を清めたほうが、逆に落ち着くかもしれないと思い、椿の後を付いて風呂場まで案内してもらった。
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