第一話
「ほんとうはね。わたし、おじょうさまなの」
おままごと中、突然カミングアウトする少女。
シルク糸のような金髪を靡かせながら、こちらを凝視している。
何の話なのか。当時は、まるで理解が出来なかった。
「わたし、ひとりでいたらね。わるいオトナにさらわれちゃうの」
「それは、こわいね……」
少女は立ち上がると、木の陰に居る赤髪の男の子を指で指す。
「あそこに、かくれているコがいるでしょう?」
彼は俺達が視線を向けていることに気付くと、じりじりと後退りした。
「あのコ、わたしのけらいになるの」
「けらい……?」
「メイドとか、シツジってこと」
「……? ふーん」
「でも、わたしも、あのコも、かよわいの。だから、わるいオトナにつれていかれるかも」
あざとさ全開で、両手を頬に当てながら言う。
「じゃあ……。ボクがまもる! ――――ちゃんのこと」
「え? わたしのこと、まもってくれるの?」
幼いながらも、その身体を奮い立たせて声を絞り出した。
「ユイくん。ちいさいのに、だいじょうぶ?」
少女は目を丸くさせながら、純粋に問う。
「だいじょうぶ! ボク、オトナになったら、おおきくなるから。おおきくなったら、わるいオトナをやっつけて、――――ちゃんのほんとうのダンナさんになる!」
顔が真っ赤になっていたと思う。
この時の頬が焼ける感覚は今でも覚えている。
「それじゃ、やくそくね? おおきくなるまで、まってるわ」
少女は幼い顔に似合わない、優しい笑みを浮かべながら言った。
その笑顔をした主の、彼女の顔を、俺は未だに思い出せない。
いつの間にか寝ていたらしく、新幹線のアナウンスで目を覚ました。
ぼんやりと車窓を眺めると、月に届きそうなほど高いビルがいくつも建ち並んでいる。
車内アナウンスによると、ひかり号は既に東京都内を走っているらしい。
夢なんて、久しぶりに見た。恐らく幼稚園に入園する前の頃の事だ。
あの金髪の自称お嬢様は誘拐されることなく、今も元気にしているのだろうか。
俺は元気だよ。実家を飛び出すくらいには。
母さんが死んでしまってからの父さんは、酒に溺れて仕事が手につかなくなり、会社をクビになるまで、そう時間はかからなかった。
そもそも入学案内の封筒がゴミの山から出てくるって、どういう事なんだ。そのせいで東京に行くのが入学の直前になってしまった。
俺は、父さんのような他人に依存し過ぎてしまう大人にはならない。
なりたくもない。
地元を離れて、都会で、一人で生きていくんだ。
いい日旅立ちのチャイムが流れた後、目的地の駅に到着間近だということが自動音声で知らされる。
俺は、棚上の荷物を手に取って席を立つ。
終点ということもあって、出口に向かうお客さんの列が車内の通路まで続いている。
やはり、東京は人が多い。
前の人に続いて、新幹線から降りる。
地元、浜松とは比べ物にならない程に駅が広い。
目の前には人、後ろにも人。駅は人で溢れている。
さて、改札は何処だろう。広すぎてわからない。
「あの」
よく見ると、ホーム下に人が居る。
浜松駅には無かったものだ。
「あ、あの!」
美人が二度も俺に話し掛けてきた。
当然、俺との面識は無い。
この女性を、ちらっと見たから声を掛けられたのか?
確かに、とても綺麗な人で、流石は東京だなと思ったが。
でも、俺はそこまでジロジロ見ていない。
……そういえば、最近は視姦というもので訴えられることがあるとか、ないとか。
入学前の忙しい時期に不要なトラブルは避けたい。
「ははは。すみません!」
「あっ……!」
愛想笑いで誤魔化し、黄色い看板の下にある階段を目がけて人混みを縫うようにして走る。
何とかやり過ごせたか?
都会は本当に恐ろしいところだ。
念の為、もう少し離れておこう。
尾行されていないとは限らない訳だし。
新幹線の改札を通って、当てもなく目の前の人に続いて歩く。
行き交う人の歩くスピードが何となく速く感じる。
「……なんだこれ?」
すぐに目に入って来たのは何枚もある巨大な電光掲示板。
見ると、数分おきに電車がやってくるそうだ。
しかも、行き先は全て異なっている。
これからの生活が少し不安になってきてしまった。
暫く連絡通路を歩いていると、在来線の改札を通って外に出る。
テレビや動画投稿サイト等で見た、あの赤レンガでできた駅舎に、俺は圧倒されていた。
なんだか駅の中を歩くだけで疲れてしまった。
寝泊りする場所は決まっていない。
仕方ないので、ネットカフェを探すべく足を踏み出した時。
「ちょっと、君。こんな遅い時間にどうしたの?」
「一人? 親御さんは?」
「え?」
背後から若い警察官が二人、にじり寄って来る。
おいおい、補導するには少し早い時間だぞ。
「いや。今は一人で」
「何か身分を証明できるものとかある? 学生証とか」
「……入学前で、まだ無いです」
「ということは、春から高校一年生?」
「はい」
「スマホとか持ってる? どこに向かってたの?」
「スマホならありますよ。これ――」
ポケットから紋所を見せるようにして取り出すも、画面は真っ黒のまま。どうやら電池が無くなってしまったらしい。
「……男の子と言えど、こんな夜遅い時間に子ども一人、放っておけないんだよね」
「あの。俺、今から親戚の家に行くつもりで……。本当です、信じてください!」
「とりあえず、交番で話を聞くから。こっち来てもらえる?」
嘘だろ。上京した途端、補導……?
とことんツイてないな。
「お巡りさん? その男の子、私達の友達です」
絶望の底から垂らされる、一筋の蜘蛛の糸。
顔を見上げると、先程のホームで俺に話しかけようとした女性だった。
ダークブロンドのふわふわした髪、襟がヒラヒラしている上品な白のトップスに薄ピンクのロングスカート。
柔らかいだけでなく芯のある雰囲気は、大人の女性って感じだ。
もう一人、スーツを着た赤髪の女性。
何故か、睨まれているような気がする。
「あ。お姉さん達、この子の友達ですか?」
「はい。丁度、こちらで待ち合わせをしていたんです」
笑顔で言いつつも、目はしっかりお巡りさんを見ている。
凄いな、こんなに堂々と嘘をつくなんて。
「因みに、この子とはどういったご関係なんです?」
「そうですね」
少しの間だけ開けてから、彼女は静かな笑顔で答える。
「私と彼は、婚約者同士です」
「「「え?」」」
俺とお巡りさんの返事が綺麗にハモった。
俺に婚約者が居るなんて初耳なんだが。
「えっと。失礼ですが、ご年齢は……?」
「十五歳です」
なんと、同い年だったのか。とても、そうは見えない。
勿論、良い意味で。
「そちらの女性も十五歳ですか?」
「……十七です」
ムスッとしながら答えるスーツの女性。
ちょっと、怖いな。この人。
「あの。いずれにせよ、この時間に十八歳未満の方が徘徊しているのを見過ごす訳にはいかなくてですね」
「お巡りさん。十八歳未満が補導の対象となる時間は東京都だと二十三時以降ですよね?」
「そう、ですけど。ただ、最近は未成年の方が犯罪に巻き込まれることが多いので、可能なら保護者の方に迎えに来てもらいたいんですが」
「そう言うことでしたら! 私達、二人は送迎の車で来たんです。少し歩いた場所に停まっていますので、その車に乗り込むところをお見せしたら、ご安心いただけますか?」
そう言いながら、彼女は駅舎の端を見る。
「そう、ですね。では、申し訳ないんですけど、一緒に車まで付いて行っても良いですか?」
「ええ、もちろん」
本当に、車が停まっているのか?
俺の婚約者だと嘘をつくくらいの人だから、ひょっとしたらハッタリかもしれん。
「あちらの車です」
本当にあった。
というか、超高級車だ。
流行りのSUV風ではあるものの、かなり大きくて、威圧感が半端ない。
その辺りを走っているSUVとは格の違いを感じる。
お巡りさんが近づくと、運転席からスーツを着た男性が降りてきた。
「すみません。このお二人が駅の周辺に居たものですから。ご年齢を伺ったら十八歳未満だったのでね。保護者の方が車で来ていると聞いたので、確認しに来ました」
もう一人のお巡りさんが、そのまま続ける。
「保護者の方で、お間違いありませんか?」
「はい。こちら、免許証です」
スムーズに免許証を見せる男性。
「あぁ、すみません。拝見します」
助けてくれた女の人と髪の色や雰囲気が違うが、本当に保護者なのか? どちらかと言えば、使用人っぽい雰囲気を感じる。
免許証を確認し終わったお巡りさんは、「お手数おかけしました」と一言だけ残して駅前の広場へ戻る。
一緒に居たスーツの女性が後部座席のドアを開けるとダークブロンドの髪の女性は静かに車に乗り込んだ。
そして、柔和な笑みで俺を見た。
「お隣、どうぞ」
知らない人の車に乗るのは気が引けたが戻って補導される訳にもいかないので、とりあえず俺も車に乗り込んだ。
席に座った瞬間、スーツの女性がドアを閉めて助手席に座ると、車は静かに動き出した。
「申し遅れました。私は八ヶ崎愛彩と言います」
「八ヶ崎って、あの八ヶ崎ですか……?」
八ヶ崎愛彩と名乗った女性は微笑しながら、ゆっくりと頷く。
八ヶ崎と聞いて国内で知らない人は、まず居ない。
日本を代表する大企業グループだ。
元は、八ヶ崎財閥と言って、日本二大財閥なんて言われている。
その八ヶ崎家のお嬢様が、なんで俺なんかを助けたんだ?
「俺は、碧木唯人です」
名乗った瞬間、スーツの女性が鋭い目で俺を見る。
俺、何か変なことを言ったか?
「あの。どうして俺を助けてくれたんですか……?」
転じて、物凄い勢いで目を見開くスーツの女性。
ちょっと前に動画サイトで牛が怒った動画を見たが、その動画の牛と全く同じ目をしている。
「どうしてだと思いますか?」
「えっ」
質問を質問で返されてしまった。
わからないから聞いたのだが……。
やはり、駅のホームで目が合ってしまったのが関係しているのだろうか。
沈黙が続く。
高級車だからか、ほとんど無音で走っているので余計に気まずい。
「実は、碧木隆一さんから私の父宛に連絡がありました」
「碧木隆一って。俺の父さんが?」
「唯人さんのお父様と私の父は、古くからの友人関係なんです」
マジかよ。
あの父さんが大企業グループの会長と……?
正直、あまり信じられない。
だが、それだと話の辻妻が合う。
八ヶ崎愛彩さんが駅のホームで声を掛けてくれたことや、駅で警察官から助けてくれたこと、全てが。
「ということは、俺と八ヶ崎さんも――」
「愛彩、と呼び捨てで結構ですよ」
そう、笑顔で言う八ヶ崎愛彩さん。
しかし、どこか圧を感じる。
「えっと。じゃあ、愛彩……」
何故か、嬉しそうに左頬に手を当てる愛彩。
「ひょっとして。昔、俺と会ってたりするか……?」
八ヶ崎のご令嬢のことは全く覚えておらず。
当然、父さんからも一切聞かされていない。
もし昔に会っていたら、流石に記憶に残っていると思う。
「ほら。駅のホームで愛彩が話し掛けてくれたから。俺は……。覚えてないけど」
唯一、覚えてることと言ったら、新幹線でうたた寝した時に見た夢のことくらいだ。
その昔の記憶も曖昧なものではあるが。
「……愛彩お嬢様が話し掛けたのは、事前に貴様の顔写真が共有されていたからだ」
助手席の女性が吐き捨てるように言った。
貴様って。
初対面なのに、とても乱暴な言葉遣いだ。怖い。
「椿。言葉遣いがよろしくないですよ」
「申し訳ございません。お嬢様」
この人、愛彩のメイドさん?
俺と愛彩への態度が露骨に違い過ぎる。
気が付くと、巨大な屋敷の前で車が停止した。
ひょっとしなくとも、ここは八ヶ崎邸か……?
「他にも説明したいことがあるのですが、続きは屋敷の中でお話しましょう」
蝶のように優雅なオーラを放ちながら、愛彩は車から降りる。
そして踵を返し、はにかんだ笑顔で俺を見ながら。
「八ヶ崎家へ、ようこそ」
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【あとがき】
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