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人をダメにするお嬢様は僕のお世話がしたいそうです  作者: 天鷹あき


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第十八話

「これを付けろ」


 学院での授業が終わり屋敷に着くや否や、椿から渡されたのは丈夫そうなプロテクター。


 愛彩は、まだ帰っていない。

 屋敷には俺と椿の二人だけ。


 俺、サンドバッグにされるのかな。


「来い」


 一言だけ言い放った椿に恐る恐る付いて行く先にあったのは大きなガレージ。


「そこで待ってろ」


 言われるがまま待っていると、五分と経たずにライダーが着ていそうな黒いスーツ姿の椿が戻ってきた。

 シャッターが開けられ、中を覗くと速そうな真っ赤な塗装のバイク。


「実は二輪の免許を取って丁度、一年経つんだ」


 椿はドヤ顔でヘルメットを被ってから、俺にも被れと言いたげにヘルメットを押し渡す。

 とりあえず助かったと思いながら、無言でプロテクターとヘルメットを装着する。


 刹那、甲高いエンジン音がガレージの中で響く。

 バイクってこんなに迫力があるのか。


 排気音で大気が若干振動するのを肌で感じる。

 椿はガレージからバイクを出すと、そのまま跨った。


「何をしている。早く乗れ」


「お、おう」


 俺は椿の後ろに座る形でバイクに乗った。


「椿ってバイク乗るんだな」


「ん? 私がバイクを好きなのは昔から――……あぁ、うん。好きだよ。悪いか?」


 なんか意味深な間が合ったが不要な怒りを買いたくないのでスルーしておこう。


「いくぞ」


 ゆっくりと走り出すバイク。

 普段の粗暴な言動からは想像も出来ない程の丁寧な運転で、俺は内心ずっと驚いていた。


 一時間ちょっと、終始丁寧な運転だった。

 到着した先は東京湾が一望できるお台場。


「いやぁ、最高だな! ゆ(・)い(・)!」


 はしゃいでいる椿は、俺が幼稚園時代から呼ばれていたあだ名で呼ぶ。

 中学くらいまでは同性の友人からボチボチ使われていたあだ名だったので、特に俺は気に留めなかった。


「潮風が心地良いな」


「わかるか? 普段、ずぅぅぅ……っと、大都会東京のど真ん中に居るからな。たまには、こう息抜きをしないと死んでしまう」


 ヘルメットを外した椿のワインレッドの髪がバタバタと音を立てながら風で揺れている。


 椿の横顔を見て、どこかで見たことあるような……。

 頭の奥底に記憶が引っかかって、思い出せない。


「せっかく今日は休みなんだ。とことん付き合ってもらうからな!」


 無邪気に笑う椿。

 彼女の様子と発言から、俺は一つだけわかったことがある。


「今日のメイド業が休みだったから、ああいう朝飯だったのか」


 俺はやれやれとため息を吐きつつ、軽快な足取りの椿の後ろを歩いて行った。





 入眠目前の薄らとしていた意識が完全に無くなる手前、ドアが開く音で意識が戻る。

 だが、今日は椿のツーリングに夜まで付き合ったこともあり疲労困憊状態。


 どうせ帰ってきた愛彩が俺の寝顔見に来たとか、そんなところだろう。

 睡魔には勝てないので寝るぞ、俺は。


 しかし、俺の想定を超えて闇の侵入者はベッドに上がり――

 俺の真横まで来た。


 目を瞑っているが、ほぼゼロ距離だ。

 ほんのりとフルーティーな香水の匂い、沈み込むマットレス、少しだけ荒い息づかいから手に取るようにわかる。


 少しだけ静止した後、更に侵入者の顔が近づく気配を感じた。


 とうとう我慢できず、目蓋を開けると目の前には極限まで目を開けた愛彩が居た。


「うわっ!? な、なんだよ」


 逃げ場のない状態で必死に横に体をずらす俺。


「なぁんだ。やはり狸寝入りをされていたのですね」


「もう寝るところだったところに誰かさんが部屋に入ってきて目が覚めたんだろうが!」


「それは申し訳ありません。起こしてしまっていたとは……。てっきり、私が朝から居なくて寂しがっていたとばかり思っていました」


 左手を頬に当てながら、何故か照れ笑いをする愛彩。

 いや、寂しかったなんて一言も言ってねえよ?


「というか、今日はどこに行ってたんだ?」


「あ、やはり寂しかったのですね?」


「もう寝る」


「あぁん♡ 唯人さんの意地悪♡」


 割と本気で寝入ろうと思ったが愛彩も何か用があって来たのだろうし、話は聞くべきだろう。


「で、どうしたんだ?」


「お仕事で大阪へ行っていました。お土産は豚まんですよ」


「……ひょっとして、551か?」


「はい。551です」


 不敵な笑みを浮かべる愛彩。

 わかってるな、大阪のお土産と言えば豚まんだ。


「今日はもう遅いですから、明日一緒に召し上がりましょうね」


「あぁ、ありがとう。じゃあ、また明日。おやすみ」


「あぁん♡ 私が朝から何も言わずに屋敷を出たから、いじけてらっしゃるのですね! なんて可愛いらしいのでしょう!」


「違うが!?」


 拡大解釈も甚だしい。

 もう眠いから寝させてくれ、頼むから。


「私も……。メール等でお伝えしておけば良かったですね。急ぎの用事でしたから、余裕がありませんでした。ごめんなさい」


「いや、別に俺は怒って――」


「でも、今こうして唯人さんのお顔を見ながらお話できて本当に良かったです」


 本当に人の話を聞かないな。

 今日の用事は仕事と言っていたが、ここまで人の話を聞かない奴が仕事で円滑なコミュニケーションが取れるとは考えづらいのが本音だ。


 でも……。


「愛彩は俺と同い年なのに、仕事で朝早くから夜遅くまで頑張っている。俺と違って自立している。凄いよ、尊敬する」


 愛彩は意表を突かれた様子を見せるが、すぐさま優しい微笑みで返す。


「唯人さん。私は周囲の人間に恵まれただけです。私を支える誰かが居るおかげで、私はこうして居られます」


 言いながら、俺の手を取る愛彩。


「勿論、その中に唯人さんも含まれています。貴方は私にとって一番の頑張りの源なのです」


「俺が……?」


 どうして。

 と言い掛けたが、愛彩の表情を見て野暮ったいことを言うのは止める。


 儚げで、今にも泣きだしてしまいそうな彼女の表情を、俺は初めて見た。


「お、おい……」


 愛彩は無言で俺に体重を預ける。

 いつもならすぐにでも引っ剝がして部屋から叩きだすところだが、俺は戸惑いながらも遠慮がちに手を回す。


「今日、一日。摂取できなかった分の唯人さん成分が心身ともに染みわたります」


「言い方が変態チックだぞ。もう十分だろ?」


 愛彩は俺を力強く抱きしめる。

 ちょっとだけ苦しい。


「……駄目です。もう少しだけ」


 いつもの調子からは想像も付かない甘い声で言われて、俺はすっかり面食らってしまった。

 不意打ちにも程があるだろう……。


 これでも俺は健全な男子高校生だ。

 年頃の女子にこんな密着されては眠れる夜も眠れない。


 だが、俺は八ヶ崎家の世話になっている身。

 これが愛彩の役に立つことであれば、歯を食いしばって耐えるのが男ってものだろう。


 暫く、無言で耐えていると愛彩の胸の感触に少しずつ意識が向いていく。

 これはいかん。理性の限界が近い。


「おい、愛彩。悪いが、もうそろそろ……」


 愛彩の表情を見ようと顔を覗き込もうとするが、かっちりと腕がホールドされて離れない。


「あの……。おーい。大丈夫かー?」


 軽く愛彩の肩を揺らしてみるも、応答がない。

 体勢をキープしたまま、首をひん曲げて顔を見る。


「…………寝てる」


 嘘だろ。このまま寝てしまうとは。

 ……それほど疲れていたのだろうか。


 俺は彼女を起こさないよう、そっと二人で横になる。

 同い年の女の子に金銭面で面倒を掛けている上、とことん甘やかされている俺。


 情けないにも程がある。一体、何のために上京したんだ。

 このまま甘える訳にはいかない、流石に何かしよう。


 疲れ切った寝顔を真横で見せられた俺は、少しずつでも自立する力を付けようと決意した。

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