第十六話
学院の校舎は見た目だけでなく、建物内部までもが荘重な造りになっている。
学園内の食堂や購買なども明らかに一般的な高校とは異なる仕様だ。
どういう訳か、本格的な喫茶店まで併設されている。
少なくとも、一般人の俺が普段は利用しないような、煌びやかな喫茶店だ。
今回は、その喫茶店でお茶をすることになった。
「学院内に、こんな場所があったんだな」
華やかな店内を見ながら呟いた俺に、愛彩が応じる。
「生徒のおよそ半数が寮生ですので、学院内でこういったお茶会を開けるような喫茶店には需要があるんです。他にもカジュアル寄りな喫茶店もありますが、いずれも大半の生徒は利用した経験があるはずですよ」
「意外に寮を使ってる生徒が多いんだな」
「家が学院の近くであれば問題無いのですけれど、全国各地から名家のご子息、ご息女が通われていますから。寮生が不自由ないように過ごせる為に学院内は充実しているのです」
金持ちのお坊ちゃま、お嬢様事情にも色々あるらしい。
ワックスでテカテカな木目調のテーブル席に俺と愛彩、華娜とレンが向かい合う形で着座する。
某コ〇ダ珈琲を連想させる高級そうなソファーは座り心地がすこぶる良い。
「ま、まずは甘南備さん。怪我をさせてしまって、本当にごめんなさい」
真剣な眼差しで横のレンに頭を下げる華娜。
すぐに顔を上げ、続けて言う。
「今日はよろしくお願いします」
「東福寺様。私の方こそ、本日はよろしくお願い致します。お二人も、お手柔らかにお願いしますね」
女神のような笑顔を振りまくレン。
「こちらこそ、よろしくお願い致します。甘南備さんとお茶できるなんて、幸栄です」
愛彩も聖母のような笑顔で応じる。
各々が一通り挨拶を終えると、暫く無言の状態になる。
静まり返った空間にカップの音が目立つ。
愛彩とレンは笑顔を崩さず、華娜は二人の様子を窺うように凝視している。
彼女らは今年初めて同じクラスメイトになった仲のようだし、ひょっとしたら今日はお嬢様同士が腹の探り合いをする場になるのかもしれない。
俺は若干ぴりついた雰囲気に耐えられずスティックシュガーをカップに二本だけ投入する。
最初にジャブの応酬を切り出したのは華娜だった。
「そう言えば。八ヶ崎さんって、この場に居るメンバーで唯一の内新生だよね?」
「えぇ。一応、初等部から在籍しています」
「初等部から? 凄いね。うちの学院、初等部の受験って難関なのに」
「母の教育方針で受験することになったんです」
「そうだったのね。……甘南備さんは、私と同じ高入生だったよね」
華娜の視線が愛彩から横のレンに移った。
「そうですね。今までずっと女子校でしたから、共学の光恵学院はとっても新鮮です」
「女子校だったんだ。因みに、どこの中学に居たの?」
「天王寺中学です」
「て、天王寺中?」
華娜が静かに驚く。
「すまん。天王寺中学ってどこにあるんだ……?」
俺の問いに素早く愛彩が解説を始める。
「天王寺中学校は、私立の名門女子校です。特に関西地区で有名なお嬢様学校ですよ」
「へぇー。なんだか凄そうだな」
「凄いです。とっても」
愛彩から上品にツッコミをされる。
俺の育ちが一般家庭ということもあり、名門校のことは正直よくわからないのが本音だ。
「実は暫く大阪に滞在する予定だったのですが、急遽東京へ戻ることになりまして」
「甘南備さんも苦労しているんだね……」
「そんなことありませんよ、東福寺様。こうして光恵学院に編入して皆様とのご縁ができたのですから。本当に良かったです」
どうやら甘南備家にも色々あるらしい。
「唯人は静岡の浜松にある中学出身だよね。小学校も」
ついでの流れと言わんばかりに華娜が俺の出身校について言及した。
「小学校に関してはお前も同じ浜松だろ、華娜」
何気なく発言したつもりだったが、どうしてか愛彩とレンが目を丸くさせている。
「あら。お二人は昔からの仲なのですか?」
「え? あぁ、そうよ! 唯人とは小学校時代からの幼馴染なの」
愛彩の問いに、何故か得意げに答えた華娜。
「三年生の頃にバレンタインでチョコを渡したら一生大事にするって受け取ってさ。ね? 唯人?」
「うっさい」
全くこいつは、いつの話をしているんだ。
それを聞いたレンは、ずっと崩していなかった笑顔が少しだけ緩んだ気がした。
「碧木様。東福寺様から受け取られたチョコレートは今でも大事にされているのですか?」
「んなわけねぇだろ!」
三人して、上品な笑い声を響かせる。
「因みに、碧木様と八ヶ崎様は婚約されていますよね。一夜を共に過ごさせるのって、どういった感覚なのです?」
こいつ……。
俺が保健室へおんぶした時と言い方が違うだけで、同じようなことを愛彩に聞きやがった。
女神の笑みの奥には心なしか、サキュバスのような雰囲気を感じる。
「お恥ずかしながら、まだ抱いてもらえてないんです」
華娜とレンが意外そうに俺達二人を交互に見る。
「……あ、碧木様は、八ヶ崎様のことを大切にされているのですね。素敵です」
少しバツの悪そうな顔でレンがフォローをいれる。
「そうとも言えるかもしれません。私は、いつでもウェルカムなのですけれどね」
少したじろぐレンに対して、愛彩は余裕のある返事。
「因みに……。八ヶ崎さんは唯人といつ婚約したの?」
華娜が真剣な表情で、気まずそうに問う。
しかし、愛彩は無言のまま微笑し続ける。
「唯人、ごめん」
華娜は一言だけ俺に謝り、続けて愛彩に目線を向けた。
「実は、唯人から婚約していないことを聞いたんだ」
「やっぱし!」
場違いな大きな声を響かせたのはレンだった。
それ以上に驚いている俺達三人を見て、レンはすぐに咳払いをして誤魔化す。
「……お、お二人にも事情があるのでしょうね。おほほほほ」
この場をやり過ごすには笑い方だけでなく演技も雑すぎるぞ、レン。
愛彩は少し考え込むように黙った後、堂々と話し始める。
「唯人さんが華娜さんにどういった説明をされたのかは存じ上げませんが、私達が婚約者同士であるのは事実です」
「でも私は唯人から婚約していないと、はっきり聞いたよ?」
「唯人さんはその認識かもしれませんが、建前上は婚約しています。もっとも、私の父と唯人さんのお父様が決めた話ではありますが」
「あ、そうなの……?」
それは俺も初耳だ。
またもや自分の父はとんでもない勝手を言っていたらしい。
「ほ、本人も知らなかったなんて……! おかしいよ!」
華娜は、わなわなと体を震えさせている。
「私も父から婚約の話を聞かされたのは、つい最近です」
「じゃあ、八ヶ崎さんは好きでもない人と婚約しているっていうの?」
「誰も好意を抱いていないとは言っていません。それに私の想いは唯人さんに伝わっているはずです。ね? 旦那様♡」
「馬鹿。離れろって」
左腕に抱きついてくる愛彩の頭を俺は軽く叩いた。
「くっ……」
涙目で黙り込んでしまう華娜。
一体、お前は何と戦っているんだよ。
二人のやり取りを静観していたレンが口を開き始める。
「つまり……。二人は親同士が決めた婚約を最近知って、そのことを唯人君は知らなかったし、婚約している認識もなかった。対する姫のほうは、ノリノリで今も絶賛口説き中……。という認識で合っていますでしょうか? 八ヶ崎様」
途中まで面倒で演技していなかっただろ、こいつ。
「大きな誤りは無いと思いますよ、甘南備さん」
それを聞いた華娜は、涙を拭いながら追撃と言わんばかりに口を開く。
「婚約は本人の意思が伴わないと無効になるんだよ! その婚約は無効! ノーカンだよ!」
語気を強める華娜を横目に、愛彩は一息いれるかのように紅茶を啜る。
「東福寺さんが仰っていることも誤りではありません。ただ、私には結婚の意思はあります」
「それは唯人にも結婚の意思がなければ……」
「はい。唯人さんに今はその気が無くとも、結婚が可能になる年齢までに同意頂けるように努めます」
愛彩は笑顔のままだが、力強く宣言したように感じた。
「と、ということは……。お互い十八歳になるまでに結婚の意思が無ければ結婚はしないってこと。……だよね?」
愛彩は無言のまま、微笑で返す。
「じゃ、じゃあ……。まだ私にも希望はある……。まだ負けてはいなかった……」
ボソボソとギリギリ聞こえる声量で言う華娜。
「私は、八ヶ崎さんのことは尊敬しているし、好きだよ。でも唯人は、その……。私の初恋相手なの! ……だから、絶対に負けないから」
「それも初耳なんだけど!?」
しまったという顔をしてから、もじもじと照れ始める華娜。
「私の方こそ、これからもよろしくお願いしますね。東福寺さん。甘南備さんも」
「は、はい……」
呆気に取られていたレンが、俺に同情の視線を送る。
何気に俺の一番の理解者はレンなのかもしれない。
そう思う理由は、この二人が最も大切なことを忘れているからだ。
俺は愛彩とも。そして華娜とも結婚するつもりは無い。
名家のお嬢様と一般人の俺。不釣り合いに決まっているだろう。
よくわからない状況から逃避するべく、俺は嘆息しながらカップに入っているコーヒーを口に流し込んだ。
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