第十五話
光恵学院の昼休みは、たっぷり一時間ある。
他の高校よりも少し長めだ。
よく学んだ上で、よく休むというのが校風らしい。
ゆっくり弁当を食べていたが、次の授業が始まるまで十五分はある。
余裕を持って五限の準備ができるし、その気になればガッツリ昼寝することだって可能だ。
膨れた腹を擦りながら愛彩と教室に戻ると、何やら中が騒がしい。
「甘南備さん! 今日の放課後、空いてますか!?」
ドアを跨ぐと、すぐに原因が判明した。
華娜がレンに泣きそうな顔で詰め寄っている。
今にも膝を床につけそうな勢いだ。
「甘南備さんの目の前で腹を切って詫びるので、どうか許してもらえると……」
「東福寺様、落ち着いてください……」
哀願する華娜を少し困りながら宥めるレン。
大変そうだなと思いながら眺めていると、レンがいつもの笑顔で話し掛けてくる。
「ゆい……。碧木様、ごきげんよう。先程は保健室まで連れ添って頂き、ありがとうございました。お陰様で怪我は治りましたが、東福寺様が自ら屠腹なさると仰っていて……」
要するに、この状況を何とかしろってことか。
愛彩が場の空気を読んだのか、それとなしに自席へと向かう。
「血が止まって良かったな。……華娜。当の本人は気にしていないし、怪我も治ってる。お前が腹切って詫びる必要はないぞ」
「で、でも……」
本当に聞き分けの悪い奴だ。
俺が言い返そうとすると、レンが横から割って入る。
「東福寺様。むしろ私の方こそお礼を言わせてください。貴女は私が汚してしまった床を綺麗にしてくださったと聞きました」
「当然だよ! 私のサーブで怪我をさせてしまったんだから……。せ、せめて、何かお詫びの品を……。今日の放課後、お宅に伺っても良い?」
何かしないと気が済まないんだろうな。
こいつは自分が納得のいく落としどころまで持っていかないと最後まで引かない。
東福寺華娜とは、そういう奴だ。
「申し訳ありません。本日は碧木様とお茶会の予定がありまして……」
「そ、そうなの……?」
大きくショックを受ける様子の華娜。
この世の終わりを目の当たりにしたような、絶望の表情でこちらを見る。
「お、お茶会って……。普通のお茶会、だよね……?」
逆に普通じゃないお茶会ってどんなものか聞かせてくれ。
「唯人君って罪な男だね」
ボソッと、レンは周りには聞こえないように小声で言う。
「ど、どういう意味だ……?」
俺の問いかけは華麗にスルーされた。
レンは普段の演技モードに切り替え、華娜に優しい眼差しを向ける。
「東福寺様。もし良ければ、屠腹なさるのではなく、ご一緒にお茶会しませんか?」
「えっ」
「談笑にも華が咲いて有意義に過ごせると思います。それに、私は東福寺様とも親密な関係になりたいのです」
レンは上品に手を合わせながら微笑む。
まるで天使。いや、女神だ。
演技をしない素の彼女からは想像も付かない笑顔。
「で、では……。お言葉に甘えて……。甘南備さん、本当にありがとう……」
嬉し涙を流す華娜にレンはお嬢様スマイルで応えつつ、俺を見ながら再び小声で言う。
「ねえねえ。デートできなくなっちゃったね」
「お茶会だろ……」
「二人きりは実質デートでしょ。せっかくだし、君の契り人も誘おうかな」
「チギリビト?」
「……八ヶ崎愛彩のことだよ」
俺が聞き返すと、呆れた様子で返された。
「君達、やっぱり婚約してないでしょ」
「いや、チギリビトじゃわからんだろ」
やれやれと言わんばかりのレンは、そのまま愛彩の元へ歩み寄る。
「八ヶ崎様、ごきげんよう」
「……甘南備さん、ごきげんよう。お怪我の具合は、もうよろしいのですか?」
レンが話し掛けてくるのは想定外だったのか。愛彩は一瞬だけ目を丸くさせてから、微笑しながら即応した。
「えぇ。ご心配をおかけして申し訳ありません」
「いえ、良くなったのなら安心しました」
互いに牽制する感じも無く、典型的なお嬢様同士のやり取り。
二大財閥の話をしたばかりだったこともあり、レンの突然の行動に冷や汗を掻いたが不要な心配だったようだ。
「失礼を承知で言うのですが……。少しだけ、甘南備さんをずるいと思ってしまいました」
「と、言いますと?」
「だって唯人さんに保健室まで連れ添ってもらっていたでしょう? 私も自身の顔を叩いて怪我を負おうと思ったくらいは羨ましいと思ってしまいました」
左手を頬に当てる愛彩。
甘える甘やかすの立場が逆ではあるものの、いつも同じようなことはしているだろうが。
「そ、そうなのですか? でも、八ヶ崎様なら、いつでも碧木様を頼れるのでは……」
「それが唯人さんったら、全然素直になってくれないのです」
素直じゃない?
俺が?
食事も歯磨きも、かなり譲歩しているつもりだったんだが、それでも足りないと言うのか。
「……ところで、本日の放課後。碧木様と東福寺様をお招きしてお茶会を開催する予定なのですが、八ヶ崎様もいかがですか?」
レンが少し配慮をしたように聞くと、愛彩は目を輝かせる。
その様子は、獲物を捕らえた虎のようだ。
「まあ! よろしいのですか? 是非、ご一緒させてください!」
前のめりになりながらレンの誘いを承諾した。
ここまで嬉しそうにする愛彩も珍しい。
特に学院では、おしとやかに振る舞っているばかりに尚更だ。
食い気味の愛彩に対してレンは、ほんのわずかに腰を引いている。
「勿論です。実を言いますと私、前々から八ヶ崎様と仲良くしたいと思っていたのです」
「私もですよ、甘南備さん!」
愛彩の曇りのない満面な笑み。
その裏にビジネス的な意図があるとは到底思えない。
「では、授業が終わりましたら私の屋敷にいらしてください。住所は後程、お伝え致します」
「わかりました。お茶会、とても楽しみです」
レンは踵を返すのと同時に、何故か酷く冷たい視線で俺を睨む。
当然、そんな目で見られるようなことを言った覚えはない。
例えば、パンツ見せてくれとか。
「女たらし」
レンは、またしても小声で。
すれ違い際に呟くように言った。
……なんで?
ご覧いただきありがとうございました。
楽しんでいただけたら、お気に入りユーザーの登録、作品をブクマして、
リアクションやコメント頂けると嬉しいです!
よろしくお願いいたします!




