第十四話
「はい、唯人さん。あーん♡」
愛彩から弁当のおかずを口に運ばれる、いつもの昼休み。
俺は、このお世話される状況にも慣れてしまっていた。
「そう言えば、甘南備さんの具合は問題なさそうでしたか?」
気がかりそうに聞く愛彩。
奥のコートからもレンが怪我した様子は注目されていたようだ。
「ずっと鼻血が止まってなかったけど、元気そうだったよ」
「そうですか。大きな怪我にならなかったのが不幸中の幸いでしたね。それと東福寺さんも心配です。甘南備さんを、とても気にしている様子でしたから」
あいつのことだ。
かなり負い目を感じているだろう。
あとで声でも掛けてやるか。
かくなる上は切腹する所存、とか言ってそうだしな。
「かくなる上は切腹を……。とまで言っていましたから、本当に心配です」
「本当に言ってたのか、それ……」
華娜の奴、相変わらずだな。
俺達の会話に目を丸くさせながら聞いている椿を見た愛彩が解説を始める。
「椿、実はね。唯人さんったら、体育の授業中にもかかわらず甘南備さんを体育館の外へ連れ出したんです」
「……は? お嬢様、それは本当ですか?」
聞かれた愛彩は左頬に手を当てながら言う。
「ええ! とっても大胆で驚きました。私にも、素直になってくだされば嬉しいのですが……」
「おい、愛彩! 語弊がある言い方やめろ! ……椿、違うんだ。これには訳が――」
真実を伝える為に弁明しようとするが、まるで汚物を見るような目で見る椿。
「スタイルも良い愛彩お嬢様が、これだけお前に尽くしているというのに……。何という薄情で愚かな奴。絞め落としてやろうか」
「柔道の絞め技、トラウマになっているから勘弁してくれると嬉しい……」
愛彩はというと、面白そうに小悪魔スマイルを浮かべている。
「冗談はせておき……。傍から見ていた感想ですが、紳士的な振る舞いで素敵だと思いました。流石は私の婚約者です」
「そりゃ、どうも……。婚約した覚えはないんだけどな」
頭上にクエスチョンマークを浮かべている椿に俺達二人で説明すると、椿は感心した様子を見せた。
「こいつが不貞行為を働いたことは後々に詰めるとして……。甘南備レンと接触できる絶好の機会ですね」
「でしょう? 甘南備さんに目を付けるなんて、隅に置けない人です」
愛彩も同様に感心している。
「……? どういうことだ?」
今度は俺の頭にクエスチョンマークが浮かぶ。
「八ヶ崎家と甘南備家は似た組織体質ですから、グループ同士が度々比較されるのです」
「国内二大財閥だもんな」
「確かに二大と称されることは多いのですが、数字で見れば甘南備グループの総資産は二十兆円であることに対して八ヶ崎は八百兆円。無闇に私達から接触を図ると良く思われないことのほうが多いのです」
「なる、ほど……?」
「平たく言いますと、八ヶ崎が甘南備グループを吸収するのではないかと思われます」
「なるほど」
八ヶ崎グループと甘南備グループの関係性を考えれば、確かにライバル企業的なイメージはある。
銀行なんかは顕著で、八ヶ崎グループも甘南備グループも数々の大手銀行を吸収合併してお互いに競っていた印象が強い。
「ですから、甘南備さんを助けた唯人さんの行為は椿の言う通り、ひょっとするとグループ同士が仲良くできる良い機会になるかもしれません」
「なんか、色々あるんだな……」
ご令嬢の苦労も計り知れないものだ。
「そういえば、レンにお茶しようって誘われたんだよな」
椿は目蓋をぴくっと反応させる。
「……レン? 随分と親し気に呼ぶんだな」
「いや。助けたことがきっかけなのか、それなりに仲良くなっちまってな」
「ほう……」
椿の目線が段々と鋭くなっていく。
……一応、普段のレンが演技していることは伏せておくか。
面倒事になりそうだし。
「因みに唯人さん。わかる範囲で教えて頂きたいのですが、その交流会……? は私も参加できそうな雰囲気でしたか?」
「うーん、どうだろうな」
素のレンは愛彩に敵意を向けている感じはしなかったし、むしろ婚約者である愛彩を気に掛けているように見えた。
恐らく、大丈夫だとは思うが。
「無責任な発言はできないが……。少なくとも俺から見たレンは愛彩を嫌っているようには見えなかったぞ」
「そうですか……。可能であれば私も参加したかったのですが、先方は助けたお礼に唯人さんを招待しているでしょうし……。今回は唯人さん、お一人に頑張って頂きましょうか」
愛彩は満面の笑みで手を合わせながら言った。
「頑張るって。俺がか?」
「当然だろ! お前、愛彩お嬢様の婚約者だという自分の立場が頭からすっこ抜けたか?」
不透ず指摘する椿の言葉に俺はハッとする。
この設定、本当にどうにかならないか?
「唯人さんには申し訳ないのですが……。それとなく甘南備さんに八ヶ崎家をどう思っているか、ということだけを聞いて頂けると私としても嬉しいと言いますか」
ここまで念入りに探る必要があるものなのか。
愛彩、というか大晋さんにも世話になっているし。
これくらいのことは小さな恩返しとしては良いかもしれない。
いや、むしろ仲を取り持つようにして然るべきだ。
「わかった。任せてくれ」
「頼りになります! 旦那様♡」
左腕に、愛彩の大きな胸が押し当てられる。
俺はその感触から発生した煩悩を取り払うべく、絞り出すように愛彩に物申す。
「その……。旦那様はやめてくれ」
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