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人をダメにするお嬢様は僕のお世話がしたいそうです  作者: 天鷹あき


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第十話

「唯人さん。今日のお昼のご希望はございますか?」


 ソファーに腰を掛けている愛彩は紅茶を啜ってから言う。

 昨日は同じような質問に、がっつりしたものだと答えて生肉になった。


がっつりした庶民向けの食べ物と言ったら牛丼やスタミナ丼を思い浮かべていたんだが。

 とは言え、生粋のお嬢様にジャンク寄りの食べ物を提案して良いものだろうか。


 でも、食べたいな。ジャンクフード。

 ここ数年、全く食べていない。


 そうだな、ファーストフードチェーンのハンバーガーが良いな。

 舌を肥やす前に、味覚をリセットしておきたいし。


「マックのハンバーガー、とか……?」


「マック……。マクロナルドのことですか?」


 俺が頷くと、スマホを取り出して何やら調べ始める愛彩。

 それから、指で顎を触りながら考え込む仕草を見せる。


「ハンバーガーが良い、というより……?」


「マックが良いな」


 確認するように言った愛彩に、俺は、はっきりと意思表示した。


「ふむ……。たまには良いかもしれませんね。でしたら、椿に買ってきてもらいましょう」


 つまり、このゴージャスな空間でマックのハンバーガーを食べるということか……?

 それだとマックにする意味が無くなってしまう。


「どうせなら買いに行かないか? 今日、日曜で休みだし」


「良いですね! では、車の手配を――」


「いや、バスとか電車でさ」


 マックはマックの店内で食うのが一番なんだ。


 それに最近の移動手段は専ら自家用車だ。

 便利だし楽ではあるが、いまいち慣れない。


「駄目だ」


 近くで聞いていた椿が語気強めに言った。


「公共交通機関での移動は危険すぎる。愛彩お嬢様の身に万が一があるかもしれない。百歩譲って車での移動ならまだしも……」


「いや、気分転換に良いと思ってさ。それに万が一って……。アニメやドラマの世界じゃあるまいし」


「駄目なものは駄目だ。リスクがコンマ一ミリでもあるなら絶対に回避しなければならない」


「まあまあ。良いではありませんか、椿。せっかくの機会ですし。公共交通機関を使って買いに行きましょう」


「お、お嬢様がそう仰るなら……」


 愛彩は微笑しながら椿を宥めるように言った。


 あと、愛彩。マクロじゃなくてマックな?





 俺と愛彩と椿の三人で最寄りの駅へ歩いて向かうことになった。

 八ヶ崎家の屋敷に世話になり始めてから公共交通機関を使うのは初めてだ。


 聞いた話だと基本は車での移動だが遠方の移動はプライベートジェットを使用しており、成田空港で保管しているジェット機を都度、羽田空港に呼び寄せているらしい。


 更に各空港には専用の送迎車が別に用意してあり、到着した空港からの移動もプライバシーと安全面は抜かりなく徹底しているとのこと。

 スケールが違いすぎて全く想像が出来ない。


「こちらですね」


 最寄り駅に着くとスーツ姿の椿が言う。

 外出時は普段のメイド服では目立ってしまうので、スーツを着ている。スラっとした体形なので、スリムで格好良い。


 俺よりスーツが似合っているんじゃないか?

 羨ましいぜ。


「神泉駅って思っていたよりコンパクトな駅舎なのですね」


 呟くように言う愛彩。


「屋敷の最寄り駅なのに、まるで初めて見るような言い草だな」


「ええ。だって、初めて利用しますもの」


 だよな。何となく、そうじゃないかなとは思っていた。

 俺は取り出したスマホを自動改札機にかざして入場する。


「まあ! 携帯が切符の代わりになるのですね」


 愛彩は目を輝かせながら俺の真似をして改札にスマホをかざす。

 しかし、自動改札機から警告音が鳴り響き、愛彩の行く先を遮るようにフラップドアが展開された。


 そんな。「あら?」って顔をされても。


「お嬢様。スマートフォンに予め専用のアプリをインストールしていないと使用できない仕組みです」


「……そうだったのね」


「今回は切符を用意致しましたので、こちらをご利用ください」


「今度こそは、と思いましたのに……」


 唇を尖らせて残念そうな声を出す愛彩。

 恐らく、東京駅の新幹線ホームで俺を出迎えた時も椿が切符を用意していたのだろう。


 愛彩は肩を落としながら改札機に切符を吸い込ませる。


 ホームに着いた時。

 丁度、渋谷方面から急行電車が勢いよく通過していく。


「あら? あの列車、止まらずに行ってしまったわ」


「あれは急行だからな。主要駅以外は通過するんだよ」


 と言っても、ここは大都会の東京、渋谷区。

 すぐに次の電車がやってくるはずだ。


 そして案の定、次の電車を知らせるアナウンスが流れ始めた。


 俺達は、ひと駅隣の渋谷駅からやって来た電車に乗り込む。

 車内は八割以上の人がスマホをジッと見ている。殺風景極まりない。


 正面の人がスマホを触っているとカメラを向けられているような気がしてしまう。

 それが何となく嫌で、俺はドアの上に設置されてあるモニターを、ひたすら見つめた。





 駅と駅の間隔、短すぎないか……?

 三駅も先なのに五分で到着した。


 これは田舎ではあり得ない現象だ。

 浜松を走る電車で三駅先となれば、少なくとも十五分前後はかかる。


 電車で移動する意味があるのか疑問に思うくらいは短かった。

 都会は便利だな。


 お目当てのマックも駅からは目と鼻の先。

 下北沢駅から徒歩三十秒。


 店の外装は赤くて印象的なロゴで目立つ為、すぐに見つけられた。


「いらっしゃいませー」


 店内は店員さんの挨拶とポテトが揚がったことを知らせるアラーム音で響く。

 その空間を隅々まで観察するように見る愛彩。


「ひょっとして、あのパネルで注文するんですか?」


「そ、そうだな」


 薄々感じてはいたが、このお嬢様。

 やはり初マックか。


「私が注文致します。お先に席へ」


「あら、ありがとう」


「……で、お前は何を頼むつもりだったんだ?」


 メイドらしい落ち着いた表情から一変、椿が俺を睨みつけながら言う。


「えっと。ビックマックロバーガーセットを、ドリンクはコーラで頼む」


「ふん」


 プイっと顔を逸らして大きな注文パネルに並ぶ椿。

 本当に嫌いだよな、俺のこと。


 それでも、彼女から優しさを感じるのは何故だろう。


 俺と愛彩は三階に上がり、端のテーブル席に座る。

 正面に居る愛彩が俺の顔を見てクスっと笑った。


「……? 俺の顔に何か付いてるか?」


「いえ……。ごめんなさい。少し考え事といいますか、妄想してしまいまして」


「妄想?」


「ええ。駆け落ちした後に初めて来る外食デートのようだな、と」


「……一体、どんなシチュエーションだよ」


 呆れて、ついツッコミを入れてしまった。


「言っておくが、頬を左手に当てて恥ずかしがりながら言うことじゃないからな」


「そうですよね。私達、婚約していると公表しているわけですから、駆け落ちする必要はありませんものね」


「そういう意味じゃなくてだな……」


「あら、私は本気ですよ? 左手の薬指も空けていますし」


 からかうように笑う愛彩。

 全く、このお嬢様は。どこまで本気なんだか。

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