第9話 森の入り口で
「――今日は、採りに行くぞ」
朝、診療所の棚を眺めていたランが、唐突にそう言った。
「採りに?」
「薬草だ。ここのところ、患者が多くて、足りなくなってきた」
支度をするランの動きは、いつもより少しだけ速かった。急かされるように玄関を出て、私も慌てて後を追う。
森の入り口は、診療所から歩いて十五分ほどのところにあった。朝露に濡れた下草を踏みながら、ランは迷いのない足取りで奥へと進んでいく。
「これだ」
しゃがみ込んで指さしたのは、細い葉を茂らせた、地味な草だった。
「熱冷ましに使う。根元から、優しく引き抜け。ちぎると、効き目が落ちる」
言われた通り、両手で根元を包むようにして引き抜く。土の匂いが、鼻先をくすぐった。
「――上手いな」
「初めてなのに?」
「筋がいい、ってことだ」
ぶっきらぼうな褒め言葉。それでも、悪い気はしなかった。
しばらく無言で作業を続けた。籠の中に、薬草が少しずつ積み重なっていく。
「――なあ」
ふいに、ランが口を開いた。
「希は、なんで、こんなに一生懸命なんだ」
手が止まった。
「別に、一生懸命なんて」
「してる。人のために、ここまでする理由なんて、普通ないだろう」
答えに詰まった。理由を、うまく言葉にできなかった。
「――わからないんです。ただ、放っておけない気がして」
「変な奴だな」
そう言って、ランは小さく笑った。あの、不器用な笑い方だった。
「でも、嫌いじゃない」
その一言に、頬が熱くなるのを感じた。理由の分からない照れくささが、じわりと広がった。
籠がいっぱいになる頃、隣で薬草を摘んでいたランが、ふと手を止めた。
「――この辺りにも、昔は、万能薬の薬草があったらしい」
「万能薬?」
「言い伝えだ。どんな病でも治すが、対価に、大事なものを差し出さなきゃならない、とかいう。……前に、古い記録を漁ってた時に、見つけた」
ランは、少し遠い目をして、それだけ言うと、また作業に戻った。それ以上、深追いする様子はなかった。
「記録?」
「ずっと、治療法を探してる病があってな。手がかりを求めて、片っ端から古い書物を読み漁ってた時期があった。眉唾ものの話も、山ほど頭に入ってる」
「治療法を探してる病、ですか」
「――まあ、な」
それ以上は語らず、ランは少しだけ、遠くを見るような目をした。何を思い出しているのか、私には分からなかった。
籠がいっぱいになる頃には、日はすっかり高く昇っていた。帰り道、ランが不意に足を止め、道端に咲く白い花を一輪、摘み取った。
「なんです、それ」
「疲労回復によく効く。……お前、朝からずっと働き詰めだっただろう」
素っ気ない言い方だったが、それが気遣いだということは、すぐに分かった。
そう言って、その花を、私の籠の隅にそっと差し込んだ。
「煎じて飲め。少しは、楽になる」
理由を聞かなくてよかった、と思った。理由を知る前から、もう十分に、その優しさは伝わっていた。私はただ、その花を見つめながら、診療所への道を歩いた。




