第28話 夜食
深夜、ふと目が覚めた。喉の渇きを覚えて、暗い廊下を手探りで進む。階段を降りると、キッチンの隙間から、光が漏れているのに気づいた。
「――慧?」
「あ、母さん。起こした?」
慧が、フライパンの前に立っていた。香ばしい匂いが、キッチンに漂っている。
「何、作ってるの」
「焼きおにぎり。小腹すいちゃって」
慣れない手つきで、おにぎりをひっくり返している。少し焦げているのが、フライパンの上からでも分かった。
「手伝おうか」
「大丈夫。……あ、でも、味見はしてほしいかも」
差し出された焼きおにぎりは、確かに端が少し焦げていたけれど、香ばしくて、悪くない。
「――美味しい」
「本当に?」
「うん、本当に」
慧が、少しほっとしたように笑った。
「二個目、作る?」
「うん、お願い」
キッチンのテーブルに向かい合って座り、二人で焼きおにぎりを頬張った。特別な会話があったわけではない。今日あった些細な出来事や、テレビで見た話題。そんな他愛のないことを、ぽつぽつと話しただけだった。
「――こういうの、久しぶりだね」
不意に、慧がそう言った。
「こういうのって?」
「夜中に、二人で、こうやって何か食べるの」
言われてみれば、そうだった。以前は、慧の部屋のドアを恐る恐る覗き込むだけの夜だった。今は、こうして同じテーブルで、同じものを食べている。
「――幸せだな、って思って」
慧が、照れくさそうに、そう付け加えた。
「うん」
それ以上、うまく言葉にできなかった。それでも、胸の中に広がる温かさだけは、確かなものだった。
窓の外では、静かな夜が更けていく。焼きおにぎりの最後の一口を、二人で分け合いながら、私は、この何でもない時間を、心の底から愛おしく思っていた。




