第27話 うまくいかない日
いつも、順調に進むわけではなかった。
その日、慧は、朝から機嫌が悪かった。理由を聞いても、「別に」としか返ってこない。
「通信制のこと、少しは考えてる?」
何気なく聞いたつもりだった。それでも、慧の表情が、目に見えて曇った。
「――急かさないでって、言ったよね」
「急かしてなんて」
「急かしてる。母さんは、いつもそう」
その一言に、胸が痛んだ。以前より、良くなったと思っていたのに。まだ、こんなふうに、傷つけてしまうことがあるのだと、思い知らされた。
慧は、そのまま部屋にこもってしまった。ドアは、あの日から半開きのままだったけれど、その日は、固く閉ざされていた。
その閉ざされたドアを、私はしばらく、廊下に立ったまま見つめていた。ノックしようとして、伸ばしかけた手を、途中で下ろした。今は、そっとしておく方がいいのかもしれない。そう自分に言い聞かせながらも、確信は持てなかった。
夜、一人でキッチンに座り、私は、何度も自分に問いかけた。
――あの夜、確かに私は変わったはずなのに。
記憶はなくても、大切に思う気持ちは変わらないと、あんなに強く感じたはずなのに。
それでも、正直に言えば、心のどこかに、まだ小さな願いが残っていた。このまま、普通に学校に通ってくれたら、どんなに楽だろう、と。そう思ってしまう自分に、嫌気が差した。理解したつもりで、まだ全部を受け入れられていない。
日々の些細なやり取りの中で、また同じ失敗を繰り返してしまう。理解したつもりが、また独りよがりになっている。
分かり合うということは、一度で終わるものではないのだと、この夜、初めて実感した気がした。
翌朝、台所に降りると、慧が、すでに席についていた。
気まずい沈黙が流れる。
「――昨日は、言い過ぎた」
先に口を開いたのは、慧の方だった。
「ううん。私こそ、急かすようなこと言って、ごめん」
「別に、母さんが悪いわけじゃないよ。ただ、その日によって、しんどい時もあって」
「うん」
「気長に、待ってて」
その一言だけで、十分だった。
完璧な理解も、一度きりの解決もない。それでも、こうして、少しずつ、また歩み寄っていける。
うまくいかない日があっても、それでいいのだと、私は、その朝、静かに思った。




