第25話 帰る時間
その夜、眠りについて間もなく、体の奥から、ふわりと引っ張られるような感覚があった。
目を開けると、部屋の中に、あの夜と同じ、淡い光が満ちていた。
「――これ」
隣の寝台で眠っていたはずの慧も、体を起こしていた。光の中心には、ライオンが静かに座っている。金色の瞳が、まっすぐにこちらを見つめていた。
「時間、なんだと思う」
慧の声には、寂しさが滲んでいた。
「うん。多分」
分かっていたはずのことだった。それでも、いざその時が来ると、胸が締めつけられた。
騒ぎを聞きつけたのか、ターレンとヒスイも、部屋の入り口に姿を見せた。
「――行くのか」
ターレンが、静かに尋ねた。
「うん。ありがとう、ここまで一緒にいてくれて」
「礼を言われることじゃない」
そっけない返事だったが、その目は、少し赤くなっているように見えた。
「あなたも、これから、ヒスイと新しい思い出を積み重ねていくんですね」
「――ああ。時間はかかるだろうがな」
ターレンは、そう言って、傍らのヒスイの頭を、ぶっきらぼうに撫でた。ヒスイが、駆け寄って、そっと私に抱きついてきた。
「希、お姉ちゃん」
「うん」
「元気でね」
「うん。あなたも」
短いやり取りだったが、それで十分だった。
光が、少しずつ強くなっていく。私は、もう一度、慧に向き直った。
「向こうに、帰るんだね」
「うん。慧を、待たせてるから」
自分で言って、少し不思議な気持ちになった。ここにいる慧と、向こうで待っている慧。同じ人なのに、今はまだ、うまく繋がっていない。それでも、いつか一つになるのだと、なぜか確信していた。
「――また、会える?」
「分からない。でも」
光が、視界の端まで満ちていく。
「忘れても、大切だってことだけは、覚えていたいと思う」
慧が、小さく頷いた。ライオンが、静かに私の方へと歩み寄り、額をそっと押し当ててきた。温かかった。
「行ってらっしゃい、母さん」
その一言を、私は、光に包まれる直前まで、繰り返し胸の中で反芻していた。
まぶしさに目を閉じる。耳の奥で、あの夜と同じ、風のような音がした。




