第19話 別々の道へ
道が二手に分かれる場所で、私たちは足を止めた。東へ行けば、大きな町があるらしい。西へ行けば、ヒスイが元々暮らしていたという森に出るはずだと、エルサが教えてくれた。
「――ここで、別れるのか」
ターレンが、瓶を握りしめたまま言った。その声には、寂しさのようなものが滲んでいた。理由も分からないまま、それでも何かを惜しむような。
「はい。でも」
言葉に迷う。うまく説明できない予感があった。
「でも、なんとなく、これでいい気がするんです。あなたが東へ行くことも、私が西へ行くことも」
「――そうか」
ターレンは、それ以上聞かなかった。ただ、瓶を大事そうに、もう一度懐に押し込んだ。
「なら、行ってくる。ランに、これを渡せばいいんだな」
「はい。……お願いします」
彼は頷くと、東の道へと歩き出した。数歩進んで、振り返る。
「あんたも、無事にたどり着けよ」
「はい。あなたも」
その背中が、木々の向こうに消えるまで、私はしばらく、その場に立ち尽くしていた。ヒスイが、寂しそうに一声鳴いて、去っていく方向を見つめている。
「行こうか」
膝の上のヒスイを抱き上げる。腕の中の温もりに、ふと、涙がこぼれそうになった。理由は、分からなかった。それでも、この子を助けなければ、という思いだけは、揺るがなかった。
西の道を、一歩ずつ歩き出す。
胸の奥に、小さな空白がある。そこに何があったのか、もう思い出せない。それでも、その空白の形だけは、確かにそこにあった。まるで、誰かがそこにいた跡のように。
西の森は、思っていたより静かだった。
木々の隙間から差す光を頼りに、私は腕の中のヒスイと共に歩き続けた。地図もない。それでも、不思議と、迷っているという感覚はなかった。まるで、体が道を覚えているかのように。
*
東の街道を、若い男は急いでいた。
懐の瓶が、歩くたびに小さく揺れる。誰のためかも、はっきりとは分からない。それでも、届けなければ、という思いだけが、彼を前へ前へと進ませていた。
町の入り口が見えてくる頃には、夕暮れが辺りを赤く染めていた。
*
森の奥、開けた場所に出ると、そこには小さな泉があった。水面が、夕日を受けて金色に輝いている。
腕の中のヒスイが、身をよじった。まるで、ここを知っているとでもいうように。
「ここに、来たかったの?」
答えるように、ヒスイが一声鳴いた。私はゆっくりと膝をつき、腕の中の温もりを見つめた。理由は分からない。それでも、今、この瞬間のためにここまで来たのだと、確信していた。
懐から瓶を取り出す。金色の液体が、夕日を受けて、泉と同じ色に輝いていた。
*
診療所の白い扉の前で、若い男は足を止めた。
迷わず、戸を叩いた。
「――ターレンか。どうした、忘れ物か」
扉を開けたランは、驚いた様子もなく、そう言った。数日前に別れたばかりの顔に対する、いつもの調子だった。
「いや。渡したいものがあって来た」
ターレンは、懐から瓶を取り出し、差し出した。
「希に、頼まれた。あんたに届けてくれって」
「希、が?」
ランの表情が、わずかに揺れた。
「なんの薬だ、これは」
「おれにも、よく分からん。ただ、大事なものだってことだけは、分かる」
戸惑いながらも、ランは瓶を受け取った。
瓶の蓋を開けると、甘い、花のような香りが立ちのぼった。
*
ヒスイの口元に、そっと瓶を傾ける。金色の液体が、小さな喉を伝っていく。
しばらくは、何も起こらなかった。
やがて、ヒスイの体が、淡い光に包まれ始めた。
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ランは、差し出された瓶を、しばらくの間、じっと見つめていた。
「――なぜだろう。中身も分からないのに、これを飲ませなければならない相手に、心当たりがある気がする」
そう呟くと、診療所の奥、寝台に横たわる金色のたてがみを持つ獣のもとへと、足早に向かった。
*
光は、ヒスイの体を包んだまま、少しずつ強くなっていった。




