第15話 たどり着いた家
万能薬の噂を辿って、私たちは街道を外れ、山あいの小さな集落へと向かった。
「万能薬のことなら、あの家の夫婦に聞くといい」
道中で出会った猟師が、そう言って指さした先には、森の際に建つ、古びた一軒家があった。煙突からは、細く煙が上がっている。
戸を叩くと、白髪の交じった女性が顔を出した。柔らかな目元に、深い皺が刻まれている。
「――お客さんかい。珍しいこと」
「万能薬について、教えていただきたくて」
女性は、私とターレンの顔を、そしてヒスイを、順に見つめた。何かを見透かすような、静かな眼差しだった。
「入りなさい。話すには、少し長くなるから」
案内された居間の奥、暖炉のそばの椅子に、一人の老人が座っていた。膝の上には編みかけの籠。こちらに気づくと、穏やかに微笑んで会釈をした。だが、何も言わなかった。
「主人だよ。もう長いこと、こんな調子でね」
女性――名をエルサというらしい――は、湯を沸かしながら、静かに語り始めた。
「昔、あたしは流行り病で、死にかけたことがあった。あの人は、あたしを助けるために、万能薬を手に入れたんだよ」
「それじゃあ、ご主人が」
「ええ。代償を払って。……あたしとの、思い出をね」
エルサは、老人の方をちらりと見た。老人は変わらず、穏やかに籠を編み続けている。まるで、今の話が自分のことだとは知らないかのように。
「目が覚めたら、あの人は、あたしのことを覚えていなかった。名前も、出会った日のことも、何もかも」
胸が締めつけられた。ターレンの表情も、こわばっているのが分かった。
「それでも、生きてはいてくれた。あたしが誰かも分からないまま、あの人は、あたしのそばにいてくれた」
エルサは、湯呑みを二つ、私とターレンの前に置いた。
「薬の作り方を知りたいんだろう。教えてあげるけど、その前に、これだけは言っておかなきゃならない」
まっすぐに、こちらを見据える。
「その薬は、助けたい相手のためには、決して自分では作れない。誰よりもその人を大切に思う、別の誰かでなければ」
「――なぜですか」
「薬に宿るのは、術じゃない。想いだよ。だから、代償に差し出すのも、術者自身の想いの深さ――大切な記憶そのものでなきゃ、釣り合わない」
言葉が、喉の奥に重く沈んでいく。
「あんたたち、それぞれ、助けたい人がいるんだろう」
エルサの問いに、私もターレンも、答えられなかった。答えは、もう顔に出ていたのだと思う。
「なら、覚悟を決めてから、また来なさい」
老人が、ふと顔を上げた。柔らかな目で、私たちを――いや、誰も見ていないような、遠くを見るような目で、微笑んだ。
「客人かい。……お茶でも、どうぞ」
初めて会ったばかりのように、そう言った。
エルサは、その言葉に、ただ静かに微笑み返しただけだった。悲しみの色は、もうそこにはなかった。




