第13話 隣国の噂話
それから半月ほど、私たちは国境を越え、隣国の街道を進んでいた。
見慣れない景色が、少しずつ変わっていく。石造りの家々が増え、行き交う人々の服装も、どこか異国の趣を帯びていた。ヒスイは、すっかり元気を取り戻し、道端の虫を追いかけては、ターレンに叱られている。そんな、代わり映えのない旅の日々が続いていた。
市場に立ち寄ったとき、露店の主人たちの立ち話が、風に乗って耳に入ってきた。
「――そういえば、東の国の話、聞いたか」
「ああ、あの評判の医者の話だろう」
足が止まった。
「なんでも、異国から来たらしいじゃないか。それも、たてがみのある大きな獣を連れて」
「見たことあるのか、その獣」
「噂だけだよ。でも、その獣、ここのところ具合が悪いって話でな。医者本人が、必死に治療法を探してるらしい」
頭の中が真っ白になった。
たてがみのある獣。異国から来た医者。
――ライオン。
頭の中で、いくつもの記憶が一気に繋がっていく。あの薬棚の前で見せた不器用な笑い方。素っ気ないのに、どこか懐かしい話し方。「今も、得意なわけじゃない」と言った、あの声。
そして、あの夜、慧が抱き上げたぬいぐるみ。金色のたてがみを持つ、本物のライオンに姿を変えたあの生き物。
「――希?」
ターレンの声で、我に返る。自分が、市場のど真ん中で立ち尽くしていたことに、そこでようやく気づいた。
「どうした、顔が真っ青だぞ」
「戻らないと」
声が震えていた。
「戻る? どこにだ」
「ランのところに。今すぐ」
ターレンが怪訝な顔をする。数日前に別れたばかりの町へ、なぜ今さら、と言いたげだった。それでも、私の様子に何かを感じ取ったのか、それ以上は聞かずに、荷物をまとめ始めた。
歩きながら、私は自分の中で、ひとつの答えが形になっていくのを感じていた。
ランは、慧だ。
大人になった姿の、私の息子だ。
そして、彼は今、あの獣を必死に治そうとしている。
震える手を握りしめる。この事実を、どう受け止めればいいのか、まだ分からなかった。ただ一つだけ、はっきりしていることがあった。
もう、迷っている時間はない。




