2-1 転生した愛される元悪役令嬢をぶち殺す
#例外なく殺します
#焼きすぎ注意
帝国の王女は、転生者だった。
それまでの王女は、誰もが眉を顰めるような存在だった。気に入らない使用人には癇癪を起こし、貴族たちには傲慢な態度を隠そうともせず、社交界でも悪名の方が広まっていた。容姿だけは誰もが認めるほど美しかったため、なおさら近寄りがたい存在として扱われていたのである。
だが、ある日を境に王女は変わった。
突然、別人のようになった。
怒鳴らなくなった。使用人の名前を覚えるようになった。人の話を最後まで聞くようになった。以前なら興味すら示さなかった地方の問題にも目を向け、民の生活を知ろうと自ら城下へ出るようになった。
最初こそ周囲は困惑した。
毒でも盛られたのではないか。
誰かが入れ替わったのではないか。
そんな噂まで流れた。
しかし、時間が経つにつれて、人々は気づき始める。
今の王女は、本当に国のことを考えているのだと。
王女が考案した料理は、それまで貴族しか口にできなかった食材を庶民向けに改良したものだった。保存技術の改善、香辛料の組み合わせ、簡易調理法。王都では次々と新しい店が生まれ、周辺国家からも料理人が視察に来るようになった。
服飾文化も同じだ。
王女は「動きやすさ」と「美しさ」を両立させた衣服を次々に提案した。それまで装飾過多だったドレス文化は大きく変化し、アストアニア中央帝国の流行は、今や大陸全土へ影響を与えている。
さらに王女は娯楽にも手を出した。
盤上遊戯、小説、劇、音楽。
そのどれもが斬新で、人々を熱狂させた。
気づけばアストアニア中央帝国は、軍事力だけではなく、“文化の中心地”として世界三大国家の一角に君臨していた。
そして、その王女の夫。
レグルス五世。
若き皇帝にして、大陸でも随一と謳われる美貌の持ち主だった。
銀に近い黒髪。切れ長の瞳。整いすぎた顔立ち。社交界では、彼を一目見るためだけに舞踏会へ参加する令嬢も少なくない。
だが、その噂は大抵ろくでもなかった。
“美しい貴族を食い漁っている”
“夜ごと違う女を抱いている”
そんな尾ひれのついた噂が各地で飛び交っていた。
しかし実態は、まるで逆である。
レグルスは女性が苦手だった。
正確には、“どう接していいかわからない”。
女性に話しかけられると、無意識に眉間へ皺が寄る。考え込む癖も相まって、結果として非常に不機嫌そうに見えてしまうのだ。
ある伯爵令嬢などは、勇気を出して話しかけた結果、レグルスに無言で数秒見つめ返されただけで泣きながら退出したこともある。
そのため女性貴族たちからは、「怖い」「冷たい」「怒ってるのかわからない」と距離を置かれていた。
もちろん、レグルス本人に悪気はない。
ただ不器用なだけだ。
そんなレグルスと王女の結婚は、典型的な政略結婚だった。
名家同士の繋がり。
国家間の均衡。
血統。
愛など入り込む余地はなかった。
しかも当時の王女は傲慢だったため、レグルスは露骨に距離を取っていた。必要最低限しか会話をせず、周囲からは「冷え切った夫婦」とまで言われていた。
だが、王女が変わってから、すべてが変わった。
レグルスは少しずつ、王女と話す時間が増えていった。
最初は政治の話だった。
次に文化の話。
料理の話。
くだらない雑談。
気づけば、王女と話している時間が、日に日に増えていた。
レグルスは王女の笑顔を見るたび、胸の奥が妙に落ち着かなくなる感覚を覚えるようになっていた。
だが、その感情が何なのか、彼自身よく理解していなかった。
そもそも女性経験がない。
女性を口説いたこともない。
自分から手を出したことなど、一度もなかった。
そんなレグルス五世が、今夜。
ついに王女と初夜を迎えようとしていた。
昼頃から、仕事がまったく手につかない。
書類を読んでも内容が頭へ入らない。サインをする位置を間違える。会議中にぼーっとする。
執務長官から「陛下、本日の夜会がそんなに楽しみですか」と言われた瞬間、レグルスは危うく机を破壊しかけた。
しかも、その情報はなぜか数時間で城中へ拡散していた。
昼、廊下を歩けば、メイドたちがニヤニヤしながらこちらを見る。
「頑張ってください陛下〜」
「お部屋のお香、新しいもの置いておきました!」
「避妊薬は——」
「黙れ」
レグルスが低い声で返した瞬間、メイドたちは悲鳴混じりに逃げていった。
本人としては普通に返したつもりなのだが、周囲からするとかなり怖いらしい。
そんなこんなで時間は過ぎ。
ついに夜になった。
レグルスは王女の部屋の前へ立つ。
心臓がうるさい。
戦場ですらここまで緊張したことはない。
深呼吸をする。
いつも通りでいい。
普通に話せばいい。
そう言い聞かせる。
本来なら、中から許可が出るまで、王であってもメイドが開扉を止める。
だが今夜、部屋の前には誰もいなかった。
おそらく、全員気を利かせたつもりなのだろう。
レグルスは緊張のあまり、許可を待たずに扉を開けてしまう。
「——王女」
その瞬間。
目の前に飛び込んできたものは二つだった。
床へ転がる、王女がいつも身につけていた首飾り。
そして、その周囲に残る、人型の黒焦げの物体。
部屋には焦げ臭い匂いが漂っていた。
部屋の中央に、一人の女が立っている。
スタイルのいい、赤いインナーカラーの女だった
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